2008-01

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洗濯室

あなたは月に何回、洗濯をしているだろうか。
月平均で言えば、うちはおそらく3回だ。今月は2回しかしなかった。この部分はとても経済的で、環境にやさしい生活態度だと思っている。

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ここには、フラットの住人が共同で使える洗濯室があり、ICカードで入室できるようになっている。入ってすぐのところの画面で、洗濯の予約ができる。

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洗濯室の中には小部屋が3つあって、一部屋に洗濯機が4台、乾燥機が4台置いてある。1回予約をすると、洗濯機2台+乾燥機2台を使うことができる。そして月に4回まで利用可能だ。下は大型の乾燥機。回転式の乾燥機で縮ませたくないものを乾かすのに便利。

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自宅の浴室には洗濯機を置くための設備も整っているのだが、1~2人の家族だったら、この共同洗濯室を使えば十分間に合うと思う。ちなみに朝8時から夜12時まで、1回の利用は4時間となっている。がんばれば、洗濯機は6回+乾燥機6回を一度の予約で終えることができる。
月に数回しか使わない洗濯機を共同で持つというのは、実に賢いやり方だ。うちの洗濯回数が少ないのは、わたしが仕事に行かないのでいつも同じ服を着ているということもあるけれど、スウェーデンの気候が乾いていて服が汚れない(=臭わない)というのもあるのだろう。不潔? こればっかりは、多分に感覚の問題だ。汚れた服を洗う基準というのは、人や社会的文脈によってけっこう異なるものだと思う。日本とスウェーデンではそれほど差はないかもしれないが、砂漠人が言うには、砂漠のユルタでの生活になったら、服は2枚しかいらない、とか。

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スウェーデンについて

スウェーデンに住んでいるものの、わたし自身は学校にも仕事にも行っていないので、実社会をあまり体験していないというのが実のところ。家の周りや買物先での様子は分かるけれど、それ以外は砂漠人から聞いたり、読んだりして情報を得ている。
一般的な社会の情報については、スウェーデンハウス九州支店がやっているポッドキャスト番組「スウェディッシュライフ」を聞いて、知ることが多かった。パーソナリティは大田こぞうという人だが、聞いているとどうしてもタレントのYOUの顔が浮かんでしまう、そんな声なのだ。スウェーデン社会について概略を知りたい場合、おススメだ。

スウェディッシュライフ:http://www.swedenhouse-kyushu.com/podcast/swedishlife.php?&nc=1201568036

もう1つ、わたしが読むのを楽しみにしてるブログがある。それは、イエテボリ大学経済学部博士課程に所属されている佐藤よしひろ氏のブログで、スウェーデンの社会制度、経済制度について具体的に説明されている。より深い考察を知りたい人にはおススメだ。

スウェーデンの今:http://blog.goo.ne.jp/yoshi_swe

それにしてもスウェーデンと比べると、日本は同民族・同文化といった一面的な社会であるということがよく分かる。一人の人間についてもそうだけれど、社会というのは多面的であることがとても大切だと思う。一面的であるという日本社会の特徴は、将来的にも長所とはなり得ないのではないか…と、わたしは批判的だ。

スウェーデンのもろもろ事情

ゴミ収集車の入ってくる路地を見ていて思ったのだが、その動線もとてもよく考えられている。住宅地のそばに森を残すということもそうだが、住環境そのものが日本とは実に異なっている。

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スウェーデンでは、教育・医療・住宅・労働の分野に関しては国が責任を負っていて、基本的に商売をしてはいけないのだ。民営化の動きがあったとしても労働組合の力が強く、すぐに反対運動に押されるらしい。私立の学校や病院を作ったら、お金のある人だけが特別な教育や医療を受けるようになり、不公平だからだ。
スウェーデンでは、親の財力はこどもの将来に影響しない。医者になろうと思ったら誰でも学校で勉強して、なることができる。
労働環境に関しては、常に労働組合の強いサポートがある。毎日3時4時になると、本当にみなが家に帰ってくるのが見える。そして父親が一人でベビーカーを引いている姿は、市内でも森でも普通に見かけることができる。

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住宅は、不動産会社が勝手に計画をして土地を買ったり家を建てたりはできないそうだ。住宅地を造るとしたら、インフラから何からその地域一帯の計画を国が念入りにして、建設事業が行われる。そうして不公平な住環境ができないよう配慮されている。20平米の暖房がない部屋なんか、造らせてもらえないのだ。
普通の人が享受している普通の生活を比べただけでも、そこには二つの社会の大きな差を見て取ることができる。国の本当の豊かさは、お金があるだけではダメで、賢い使い方によって得ることができるのだと思う。そしてその豊かさとは、人々のための豊かさでなければダメだ。実際に働いてお金を稼いでいるのは普通の人々なのだから。
国が発展するための一番の財産は国民だ、という考え方。教育・医療・住宅・労働の分野で商売をしないと考え、政府にその政策を取らせたのはスウェーデンの国民だ。国民自身が人間らしい生活とは何かを考え、議論して、社会のしくみに反映させることができるというのは、残念ながら日本には欠けている大きな力なのだろう。どの国でも、国民に主権がない場合が一番悲惨だ。

ところで砂漠人は、日本の大臣になるとしたらまずは教育省をやると言っている。さすがにそれは困ると思ったら↓

スウェーデンのゴミ事情

毎日出る家庭ゴミを、スウェーデンではどう扱っているかについて。
家庭でのゴミは、素材ごとに細かく分けることになっている。それでも日本にいるときのようなセコさは感じないのは、やはり生活者を中心によく考えられたシステムのせいなのだろう。

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ここではいくつかのフラットが共有で1つのゴミ集積所↑を使うようになっているのだが、集積所の鍵は常に施錠されていて、ゴミを捨てるときは自宅ドアの鍵で開けることができる。ゴミは住人の好きな時間に出せばよい。この集積所ができる少し前までは、野外に大きなリサイクル箱がいくつも置いてあって、そこで同じように分別回収されていた。
スウェーデンでは、生ごみはコンポスト用に別に捨てるようになっている。生ごみは無料で配布される(集積所に置いてある)専用の紙袋に入れ、その袋のまま↓捨てることができる。

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集積所の鍵はゴミ収集人も持っているようで、収集車で入ってきてすぐに作業に取りかかる。ドアを開けて、中にある大きなゴミ箱やリサイクル箱を取り出す。この箱はすべて下にローラーがついていて、力を出すことなく運べるようになっている。収集車のところまで転がしてきて、なにやらスイッチをポンと押すと、箱は自動的に持ち上げられ、ゴミが収集車へと回収される。非常に楽な作業なのだ。腰をかがめることもなければ汚いものに触れる必要もない。

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↑たばこで一服中の相方。↓ゴミ箱は自動的に持ち上げられている。

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ベランダからゴミ収集の作業を見ていて、わたしはいたく感心してしまった。収集人は、時間にして2~3分で非常にスマートに作業を終え、次の集積所へ移っていった。「分別してないから回収しなーい」とか、そんなケチなことは言うはずもない。彼らは彼らの仕事を淡々とこなすまでだ。
日本でよくあるのは、集積所の壁にベタベタといろんな注意事項が貼ってあるパターン。なにが書いてあったか思い出そうとすると出てこないのがおかしいのだが、いろいろとゴミ捨てに関する注意を管理人が貼っていたと思われる。住人への小言は、そんな張り紙では通じないっていうのに。しかも管理人は善意でそれをしているし、住人も悪意があって違反しているとは限らないのだから、お互いに気の毒だ。

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集積所の中はこんな具合に、素材別に箱が分けられている。間違って別の箱に捨てようと、わざと分別せずに捨てようと、そんな小さなことは誰にも問題にならないゴミ回収システムになっている。

サーモンの素揚げ

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定番となりつつある、素揚げ。砂漠人はサーモンをカリカリに固くなるまで揚げるのが好きなようだ。最近、わたしはライスを自由自在に作れるようになってきた。たっぷりの湯に塩を入れ、芯がなくなるくらいまで茹でたら取り出す。バターを敷いたフライパンにライスを移し、焼き加減で焦げの色を調節する。ハーブを入れたり、サフランをかけたりして変化をつける場合もある。お焦げ部分は、日本のお焦げと違ってバターが敷いてあるので、風味が一段とよいのだ。

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ねずみの話

数日前の夜、砂漠人がベランダにネズミがいたと言ったとき、実はわたしは半信半疑だった。マウスではなくてラットの方、つまりドブネズミがスウェーデンのベランダにいるなんて信じがたいのが一つと、プランターに入れている餌を食べにきたカササギと見間違えたんじゃないかと思ったのがもう一つの理由だった。「しっぽが長いやつ」と言っていたからだ。でもやはり、砂漠人の動体視力は確かだった。昼間にベランダの掃除を始めた砂漠人が見つけたのは、植木鉢を置いていた隅に掘られた抜け穴だった。

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↑写真中央に、日が差し込んでいる穴があるのが分かるだろうか。これが、ラット君の通り道だったわけだ。驚いた。夏にはこのベランダで寝たりしていたのに。冬になって食料が不足した動物や鳥たちが、ここにあったヒマワリの種などを食べに来ていたのだった。砂漠人は、「なるほど、スウェーデン人は賢い」と言うのでなぜかと思ったら、鳥にあげる餌というのは決まって網のボールに入っていて、窓から吊るすようになっているからだった。

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↑鳥用の餌は、窓からぶら下げるこういうのが売っている。鳥がきらいで子年のわたしとしては、ちょっと不公平な気がしないでもないのだが。

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そうして砂漠人は、一気にベランダの植木鉢を片づけ、↑こんなふうにラット君の抜け穴をふさいだ。すごい。割れた植木鉢のかけらを再利用している。これでもう、ラット君は登ってこれないだろう。
そういえば時々、夜になるとある音が聞こえてきていたことを思い出した。ギコギコ、ギコギコ、ゴッゴッ、ゴッゴッ、と一定のリズムで木材を削るような音だ。かなりの音量で聞こえていたので、すっかりお隣りさんが日曜大工でもしているのかと思っていた。しかも、それは年が明ける前から聞こえていたように思う。あれはラット君が『アルカトラズからの脱出』のクリント・イーストウッドさながらにガリガリ抜け穴を掘っていたのだろう。

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鳥の餌が入れてあった手すりにかけたプランターも外されて、ベランダはすっかり空虚になってしまったのだった。

ベランダを掃除したのは昨日だが、今日の夜、わたしは再びあの音を聞いた。ゴッゴッ、ゴッゴッ、チャリーンと聞こえた。植木鉢のかけらが一つ下に落ちたに違いない。

ミネストローネ

旅行の出発まで2週間を切ったので、最近は冷凍庫・冷蔵庫にある食材を使い切ろうとしている。トマトペーストの余りで、今日はミネストローネを作った。二日前はトマト少なめで似たようなスープを作ったのだが、それはボルシチの味がしていた。具だくさんのスープにすると、どれもほとんど同じような味になるのだろう。

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パイナップルカレー

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砂漠人のリクエストにより、今日はパイナップルの入ったカレーを作った。わたしが食事を作るときは、最初に念入りに材料を確認するようにしている。冷蔵庫から取り出しながらやっていると、「あ、あれ入れ忘れた!」なんてことがよくあるからだ。よく考えたら、パイナップル丸ごと1個使うという発想は豪快なのかもしれないが、他にも色々入れるので、バランスはよかったと思う。

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カレーライスは、日本なら誰でもどこでも作っていると思うのだけれど、わたしはあまり人の作ったカレーを食べたことがない。ほとんどみんな違う味がするはずで、考えたら無性に食べてみたくなってきた!

肉について

スウェーデンでも食肉の偽装が問題になっているようで、度々話題に上っている。テレビのニュースでそのレポートを見たとき、砂漠人は「みんな肉の買い方を知らないのだ」と言っていた。うーん、確かに、知らないのだろう。わたしが買うときにすることといえば、肉の色を見たり、産地を見るくらいだろうか。ただ、わたしの目で見たところで新鮮かどうかはいまいち分からないし、ましてや産地なんて分かるはずがない。
そもそも前提から違うのだ、砂漠人は。スーパーで肉を買ったりしない。もちろん買うこともあるけれど、それは間に合わせの場合に限られているように思う。たとえば冷凍チキン。これは、1羽丸ごとの毛をむしって、頭と足先などを切って冷凍してあるものだ。クリスマス以前は近くのスーパーで350円くらいで買えていたものが、今では1.5倍以上もするので最近買っていない。わたしが東京で食べていた骨つきもも肉は、足1本でそれ以上の値段だったので、つい「ケチだな…」と思ってしまうのだが、砂漠人からするとその値段の価値はないということらしい。
砂漠人は、ムスリムの肉屋で牛肉や羊肉を買う。その店では、牛や羊の飼育方法・屠殺方法がイスラムの教えに則っているそうだ。ホルモン剤を利用して急激に太らせて…などという心配はない。それでも、砂漠人が店頭に並んでいる肉を買うのは見たことがない。いつも店主と話をして、店の奥に真空パックにしてしまってあるであろう、より新鮮な肉の塊を、キロ単位で買いたいと交渉しているようだ。そしてそのうち半分を挽いてもらうよう頼む。そうやって、まるでコーヒー豆のように、挽きたての肉を持ち帰ることができるようになる。
スーパーで買った肉を食べていたわたしが驚いたのは、まずその肉を解凍したとき、血や水がまったく出てこないということだった。挽肉でも解凍したとき、赤い色の液体は出てこない。その次に驚くのは、調理したときに出てくる、その香り。肉のにおいというのは、こんなにいいものかと思う。加熱しても、その違いは歴然としている。なんというか、「肉塊然」としているのだ。ヘナヘナしたり、ちぎれたりせずに、「肉。」として火に焙られている。味については、説明するまでもないと思う。
最近は、肉食の弊害を訴える風潮が強いように感じるけれど、大量生産のために飼育されている肉の問題を取り上げて、環境破壊を促進するから菜食主義をとるべき…などという発想は、あまりに安易だと思う。家畜を飼うという産業は、農業と同じく伝統的に行われてきた人間の営みなのだ。「家畜を育てたり輸入するのに大量の石油が使われるからやめる」と考える前に、より少ない石油を使うために地元で健全な畜産業を可能にする方法を考える方が、よっぽど理にかなっているとわたしは思う。石油の換算率だけで善悪を決める論法には、落とし穴がある場合がある。

市場

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この季節の果物は、オレンジやみかん。毎日、少しずつ(?)食べている。今年のザクロはあいかわらず、ハズレが多くて残念だ。
これだけ見るとたしかに量が多いように感じるかもしれないけれど、一番多く食べているのは、野菜と果物なのだ。新鮮な野菜と果物からは、ビタミン・ミネラル・食物繊維など、体の調子を調える栄養素を取ることができる。
砂漠人の食事計画は、決してただの大食いではないのだ(←そう思ってる人、注意)。それは、自然の摂理と現代生活における様々な要因から大胆に、そして緻密に計算された、一つの思想だと思う。「納豆が体にいいから食べる」などといった一面的なことではなく、食事と活動と休息すべてが作用しあうライフスタイルを説く、多面的な思想なのだ。そしてその思想は実践されている。食や健康についてはいろいろな理念があるけれど、一番大事なのはやはり実践することだろう。そしておそらく、年を取っていくときにその実践の成果が明らかになるのだろう。

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食べるものの基本は野菜、果物、肉、米や小麦だけれど、人にはときどき基本以外の楽しみが必要だ。今日はポーランド人の店(テント)で、新しいお菓子を買った。手前は、以前にも紹介した sernik というチーズケーキだが、以前のものと比べると、パッケージに若干工業化が感じられる。値段も1/3だった。後ろの2つはチョコレートがけのケーキのようだけれど、ポーランド語で書いてあるので「チョコレート」しか分からなかった。チョコ(chocolate)のことをポーランド語では、チェコ(czekolada)というようだ。チョコがチェコから入ってきたとか?

パワーの源

人がパワーを出すためには、エネルギーを摂って、それを燃焼させる必要がある。平たく言えば、ご飯を食べて、新鮮な空気をいっぱい吸ってリラックスすることだ。これでパワーが出ないということは、ご飯の質が悪いか、酸素が足りないか、まずはそのあたりが疑わしい。
少し前まで、わたしは本を読んだり、人と話をしたり、なにかを作ったり、欲しいものを手に入れたり、そういうことが生きるための活力源なのだと考えていたように思う。頭だけで考えて生きているとそう思いがちで、そんな人は結構いるんじゃないだろうか。でもそれはまちがっていて、人のパワーの源は、基本的に食事と空気と休養なのだ。そしてそれは自分とその周りの環境のことだ。環境の質が低下していると、パワーは出ない。
自動車のエンジンも、動力源は燃料と酸素。車のエンジンは、人体をモデルに発明されたんだったかな。

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フラットの駐車場になかよく並んで停まっているVOLVOたち。ちょっと古めのこの車種に乗っている人がけっこういる。テールライトがキュービックで魅力的なんだな。

冬のベリー類

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スウェーデン人のお隣りさんに、冷凍ラズベリーをいただいた。郊外に持っている小さな畑で育てていたらしく、去年の夏に摘んだもののようだ。どおりで、森に生えている野生のものより粒が大きくて商品みたいだ。
スウェーデンでは、夏に森でベリー類を摘んで食べることが一つの楽しみだったが、人々は冬にもこうやって保存したベリーを食べているのかと、ちょっとした発見だった。アイスクリームにのせて、ひさしぶりの酸っぱさを味わった。

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スーパーで買っているブルーベリーのスープ。これはとてもスウェーデンらしい食べ物だと思う。冷やしたり、温めたりして飲むもので、食感は少しどろっとしているけれど、ジャムのようなしつこい甘みはなく、さらっと飲める。風邪をひいて寝込んでいるこどもなんかに飲ませるといいなあなどと思うのだけれど、実際は普段からゴクゴク飲んでいる。ストロベリーやりんごなど、あらゆる種類の果物のスープが売っている。でもブルーベリーがダントツ1位の座にあるようだ。値段は、1リットル120円くらい。

チキンについて

ピラフのパン生地包み(?)がどうしても作りたくて、砂漠人は仕方なく値段が安めの冷凍チキンを買うことにしたようだ。それを水と一緒に圧力鍋で煮て、ほぐした肉とスープをその料理に使った。ほぐし担当のわたしには、なんとなく皮の張り具合とかジューシーさがいつもと違うように思えたので、古いから安いのかなあと不安になっていたところ、砂漠人が言うには、これは卵を産ませた後の雌鳥なのだそうだ。いろんな意味で軽くショック。卵を産めなくなった鳥は、今度は食肉として売り出す、そういうことらしい。それを見抜いて扱っている砂漠人の野性にもショックを受ける。わたしには想像もつかないことだった。チキンを買うときに、雄鶏雌鳥なんて考えていなかったし。パッケージに「※卵を産めなくなった雌鳥の肉です」なんて買いてあるわけがないしね。

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このとおり、チキンというのは、2つの手羽と2本の足が胴体についている。そんなのあたりまえだ。でもこれを捌けと言われてできる人は、そうはいないだろう。まずは、手羽とももをそれぞれ切り落とす。そのとき、骨は切らずにその周りの肉に切りこみを入れて、ちょうど関節のところにナイフが入るようにする。次にささみを切り分ける。そうやって肉の塊を落としていって、骨骨した胴体だけになる。書くのは簡単だけど、やるのはけっこう難しく、練習が必要だ。でもこのところのチキンの値上げのせいで、わたしの練習はお預けになっている。

砂漠人料理

砂漠人は今日も、You Tube を見ている。最近よく見ているのは沙漠生活の様子とか、中国、チベット、モンゴルなどの伝統的な生活様式。You Tube には本当にいろいろな素材がアップロードされている。いずれ自分が経験するであろう村での生活も、アップしたいものだ。
文化によって料理の仕方は様々だが、たしかトルコの台所を見ていたとき、砂漠人が「今度これを作る」と言い出した。ピラフをパン生地で包んで焼いたような料理だった。ピラフは日本にもなじみの深い、米・肉・野菜などを炒めてスープで炊いた料理のこと。それから数日後、チキンがようやく手に入ったので作ってくれた。あとは下のとおり。

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1回だけ映像を見て、一気に作り上げたこの創作力に、脱帽。

エコについて(後編)

どれだけの時間を働いて過ごし、何をどれだけ買ってきたかをあらためて振り返ってみると、自分がいかに消費という行動によって生きてきたかを思い知ることになる。消費した大きさが、生産した大きさを上回っているのは、残念ながら明らかだ。何かを買ったときに使ったお金は、すべて自分(または親や配偶者など誰か)の労働の報酬を代償として払っているのだ。それは周囲の自然環境を消費するだけでなく、自分自身を消耗して生きているということだ。消費して消費されて消費して、年をとっても消費して消費されて、ついには人生の幕が引かれる。そんな人々の一生が目に浮かんでしまう。そんな人々の一生が、まさに自分の置かれているエコロジーなのだろう。
消費のための消費というしくみのうちに生きているとしても、人として生まれた自分が、人間らしい生活を送ることを願うのはあたりまえのことだ。一日の大半を過ごす会社での仕事や、買物やお茶をすることが人間の本分とは思わない。何千年もそこに存在していた自然という環境に抱かれて、それを享受しながらもさらに生み出していくという人間の本分は、わたしたちに備わっている、必須の営みなのだ。お金を稼いで高層ビルを建てたり、武装したり、人々にはそれよりももっと単純に必要なことがあるはずだ。
地球環境を思って生きることは、つまるところ、人としての自分の生を全うすることに戻ってくるように思われる。ゴミの分別とかエコバッグとか、そういった枝葉なことは、「きれいな空気を吸って、自然の恵みを食べ、気持ちよく活動し、安心して休養できる」というような、地球環境の一部である人間として当然の生活を享受できてから初めて、取りくめることなのではないだろうか。自分というエコロジーをきちんと世話できてこそ、地球全体のエコロジーの質を高めることにつながるはずだ。そう考えるのは楽観的すぎるだろうか。利己的なのだろうか。
狭い部屋で窓も開けられず、箱に入った食品を食べ、いつもストレスにさらされている人々に、それ以上なにを制約しろと言えるだろう。これだけ豊かと言われる東京(都市)という社会に生きる人々がこの程度のクオリティ・オブ・ライフしかないのだ。貧困下にある人々は言うまでもなく。いや、貧困に生きている人々の中には、むしろ環境的にはより高い質を享受している場合があるのかもしれない。

エコについて、東京砂漠生活で思ったこと。スウェーデンでの砂漠生活でも考えは変わらない。違和感を覚えたら↓ここ拍手

エコについて(前編)

環境について、環境問題について、わたしも少なからず関心を持っている。声高に叫ばれている地球温暖化については、『不都合な真実』を観たり、本を読んだりするたびにとても深刻な気持ちになってしまうものだ。
一方で、ゴミを何種類にも分別するとか、スーパーの袋を買わないとか、自動車のエンジンを頻繁に切るとか、そういう小さな個人的な取りくみはやってはいるものの、なにか納得できない気持ちがずっとついて回っている。
仕事をして帰ってきて、ご飯を作り、食べて、眠りにつくのが精一杯という生活の中で、さらに「水曜日がプラ」だの、「不燃は隔週木曜」だの、「ゴミを入れる袋は指定のものを買わなければならない」だの、どうでもいいのによくない細かいことに煩わされる。時間的にも経済的にも、実質的には豊かではない自分の生活に、さらに精神的なセコさを上乗せされる気分になるのだ。もっと大げさに言えば、労働環境がよくない職場で不必要なストレスを抱え、自分が単なる下働きでしかないように扱われ、やっと逃げ帰ってきたと思えば今度は家でもどこかから指示されているような圧迫感。
わたしはもっと、人間的な生活をしたいといつも思っていた。もちろん、しあわせと「感じるかどうか」は個人の心の問題でもある。同じ環境でも「しあわせ」と感じる人もいれば、そうでないと感じる人もいるのだから。でもここでは、個人の心の問題ではなくて、実際に自分や自分の周りの人々が置かれている生活環境について考えているのだ。
衣食住。すべてお金さえあれば手に入る世の中かもしれない。ただ、そのお金を手に入れるためには労働時間という自分の一部を売りに出さなければならない。時間だけじゃない、魂と肉体の一部も売りに出すことになる。パソコン作業による目のトラブルや足腰の冷えなどという小さな問題に始まり、仕事上のストレスによってひどいときは肉体的・精神的に病気になる。自分のほぼすべてを売りに出してやった仕事によって得られる給料とは、どれだけのお金なんだろうか。それは一体どんな価値があるんだろう。自分の生活にどんな潤いを与えているんだろうか。あるいは家族にとって、どんなためになっているんだろうか。

カササギ

ベランダのプランターは、砂漠人が夏に小さなひまわりを植えていたものの、鳥が食べてしまって全然育たなかった。その後、果物の種(もちろん食べた後の)を植えてみたりしたけれど、なにも変化なし。
最近、砂漠人はプランターに鳥の餌を入れ始めた。この寒い冬の間、せめて鳥たちに餌をあげようと思ったようだ。さすが、鳥たちは抜け目ない。普段は少しでも人の気配がすると飛び立ってしまうのだが、今日は慎重に、遠めから写真を撮ることができた。こんな様子だ。

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調べたら、この鳥はカラス科に属するカササギという鳥のようだ。イエテボリには東京のカラスのようにどこにでもいるというのに、日本ではこの鳥が天然記念物だそうだ。わたしにとっては砂漠人の部屋にあるこの大型テレビの方が、よっぽど天然記念物に思えるが。わたしは鳥がきらいなんだけれども、最近そんなこんなで鳥の種類を少しずつ覚えつつある。

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さて、ある夜中、砂漠人がベランダのドアを開けたとき、鳥ではないなにかがサササッと逃げたとのこと。どうやら、ネズミだったらしい。マウスではなく、ラットの方。マウスは森の中で見たことがあるが、小さくて弱くて、とてもかわいらしい生き物だ。でもラットは、なんとなく見るとぞっとする、あっちの方だ。今年の干支、わたしの干支。
そんなわけで、今置いてある餌がなくなったら、ベランダに食べ物を置くことは禁止となった。ベランダのドアは換気のためによく開け閉めしているのだが、ラットの侵入が怖いのでしばらくは開けられそうにない。

続ライスプディング

先日紹介したライスプディングのレシピを改良したら、さらにおいしくなった。かき混ぜるのにかなりの手間がかかるので、一度にたくさん作る方がいい。それから砂糖をうんと減らして、アイスクリームや他の甘みを少し足した方が、お米の持つ甘みが活かされるみたいだ。

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ライスプディングの作り方

牛乳…6カップ
米…1カップ
たまご…2個(砂糖1/3カップ、塩小さじ1/3と混ぜる)
レーズン…1にぎり

(1)鍋に牛乳を入れ、中火であたためる。
(2)米を入れ、頻繁にかき混ぜながら、とろ火でとろとろ煮る。
これを米が柔らかくなるまで大体35分くらい続ける。一旦火を止める。
(3)たまご・砂糖・塩を混ぜたものを、少しずつ(2)に混ぜ合わせながら入れる。
レーズンも入れる。
(4)たまごに火が通るように1分ほど中火で煮る。
(5)1時間ほど冷蔵庫で冷やしてできあがり。温かいままでもよし。

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ぜひお試しください。

マッシュルーム天国

今週も、箱いっぱいのマッシュルームを買った。いくらかは今日の夕食に使ったけれど、残りは新鮮なまま食べるために、加熱したりして保存する。
マッシュルームは水で洗わずに、土やほこりなどの汚れをブラシではたいて落とすのだ。もっとも自然の中で育ったきのこじゃないと、泥もついていないのだけれど。風味を逃さないためにも毎回ブラシできれいにしている。きれいになったら今度はスライスして、にんにくも刻み、フライパンを温める。蒸すだけのマッシュルームと、にんにくとバターで炒めてワインをたらす2種類を作ることにした。前者はスープに、後者はカレーソースやボロネーズソースなどに。

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この作業に、あわせて2時間以上かかってしまった。それで、できたのはたったこれだけ↓ 冷ましたら、メモをつけて冷凍庫へ。それにしても、料理人でもない限り、これだけの量のマッシュルームを捌く人はいないだろうなあ。

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買い出し

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もう、また、週末だ。一週間分の食料の買い出しに出かけた。市場では野菜も果物も、年末に値段が上がったまま下がっていない。そんな訳であまり選ぶ手間もかからず、比較的安い値段のものを袋に詰めこみ、レジへ。
市場での買物は、凡人と達人では仕入れに差がつくようだ。品物の善し悪しが分かっていて、売り手との値段交渉ができないと、よいものをよい値段で仕入れることができない。なんとかコツをつかもうと毎週、砂漠人にピッタリくっついて見ているのだが、ちっともつかめず。でも、おもしろいことを発見した。この市場は、売り手も買い手も色々な人種が混ざっていて、基本的にはスウェーデン語でやりとりするようなのだが、スウェーデン語が不自由な売り手もいる。砂漠人はおそらく7ヶ国語くらい話せると思うのだが、今日は何人か分からないお店の人にこう言っていた。

「カチャラムーチャ! クチュルチュー!」

一体何語でどんな内容の交渉をしているのかと一瞬思ったのだが、よく考えると、これは全く意味のない砂漠人語で、お店の人の注意を引くためにでたらめに発音していただけなのだった。


この量(2人で1週間分)、食べすぎでしょ! と思ったら↓ここ拍手

森の様子

この時期、イエテボリは暗く、寒く、雨が降り、人々の気分は沈んでいる。例年に比べて雪が降るのが遅れているらしい。数日前に一度積もったと思ったらすぐに溶けて、銀世界が元に戻ってしまっている。降るべきものが降らないというのは、なんともじれったい。そんな中、人々は家の中で静かに過ごしているようだ。時折、どこかの家から大声で叫ぶ声が聞こえてきたりもするのだけれど…。
一方、中東ではこの冬、ひどい寒波が襲っている。イランでもマイナス10℃になったそうで、砂漠に飼っている羊たちが心配だ。ちょうどお産シーズンで、どんどん子羊が生まれてきているのだ。この50年ぶりと言われる厳しい寒さの中、たくさん食べてなんとか元気に生きてほしいと思う。来月、わたしはいよいよ羊たちと対面することになるのだから。

さて、日課のウォーキングをしている森の中も、葉は落ちて、雪もなく、がらんとしている。新鮮な空気だけを頼りに、砂漠人は今日も歩く。

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↑ブルーベリの茂み。いまだに鮮やかな緑色をしている。本来ならば積雪の下に埋もれて、その冷たさで色々な細菌が死滅したり、来シーズンに向けて休んでいるはずなのだが。

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↑しめ飾りに使ったシダ類。もみの木やコケ類は青々としていて、唯一目を楽しませてくれる。

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たくさん歩いたら、今度はここで腕などの上半身を鍛える。この器具は、森の中の木を切って作ってあるようだ。こういった単純で効果的な器具を小さな森の中に置くという発想は、なんて賢いのだろうと感心してしまう。これがあるおかげで、全身のトレーニングを森の中で終えることができるのだ。しかも、こういった小さな森は住宅からすぐそばに、どこにでもある。人間が健やかに過ごすために必要な、そして実用的な自然環境が、都市においても維持されている。どれだけ進化しているんだ、スウェーデン。

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子羊頭のスープ

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今日の夕食は、2回目の子羊の頭のスープだった。これはかなり野性的な香りと味がするのだ。子羊の首から上を、毛を削いだだけの状態で売っていたものを料理する。その顔を見ると、本当にかわいいんだよな…。
まずは圧力鍋でグングン煮て、柔らかくなったら頭を鍋から取り出し、食べられるところをほぐして毛や皮や骨を取り除き、スープに戻す。そこに野菜などを入れて再び煮込む。

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脳とか、眼球とか、舌とか、そのままの形なんですね。舌、つまりタンですが、大人の舌よりちょっと小さいくらいの、普通のベロです。今まで喜んで牛タンを食べていたけれど、そうか、ベロをうすーーーく切って、焼いて、食べていたのね、ということがもろに実感できる。そんな食べ方、食べたうちに入らないと思った。
めずらしく、お皿1杯を食べ切るのが精一杯だったが、それでも、本来ヒトはそうやって動物のいのちを食べてきたのだという自然を受入れたいと思う。砂漠人は、生のたまねぎとにんにくをかじりながら、このスープを満足そうにほおばっていた。

ライスプディング

夜のお茶の時間にいつもアイスクリームを食べている。ときどきライスプディングを添えるのだけれど、買ってきてもすぐに食べ切ってしまうので、今日は思い立って手作りしてみた。やはり、家で作る方が断然おいしい。

ライスプディングの作り方
(改良版レシピはこちら

牛乳…3カップ
米…0.5カップ
バター…小さじ1.5
砂糖…0.5カップ
塩…小さじ0.5
バニラエッセンス…小さじ2
レーズン…少々

(1)鍋に牛乳を入れ、中火であたためる。
(2)米を入れ、頻繁にかき混ぜながら、とろ火でとろとろ煮る。これを米が柔らかくなるまで大体35分くらい続ける。一旦火を止める。↓

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(3)砂糖、塩、バニラエッセンスを少しずつ(2)に混ぜ合わせながら入れる。続いてバターとレーズンも入れる↓

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(4)また火に戻して1分ほど中火で煮る↓

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(5)できあがり。一時間ほど冷蔵庫で冷やしてできあがり。温かいままでもよし↓

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アイスクリームの上にかかっているのは、アーモンドペーストを牛乳で溶いたもの。シナモンパウダーを振ってもおいしそう。

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レーズンが甘いので、砂糖はグンと減らしても十分おいしい。バターの代わりに卵を2つくらい入れて、オーブンで焼いてもおいしそう!
かき混ぜる時間がかかるので、台所で少し考えごとをしたいときにピッタリ。

まとめて食事日記

サーモンと野菜の素揚げ。塩をふって油で揚げるだけ、という料理法は意外においしいと思う。わたしはこれをスプーンを使わず、右手で食べられるようになってます。

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↓肉詰めパプリカのスープ。さすがにこれはスプーンで食べるけど。

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毎日よく食べるなあと思ったら↓

カレーライス

砂漠人は毎日、仕事に行って、ご飯も作る。言ってみれば一人二役をやっている訳で、わたしも少しは自分の存在意義を高めようと、一人で夕食の支度をする日を増やすようにしている(たいてい、肝心なところで砂漠人が来て仕上げてしまうのだが)。砂漠人は、世話焼きというか、完璧主義というか、物事を放っておくことをしない性格なのだ。「めんどくさい」とぼやいている姿を見たことがない。彼は、"hard life is sweet, lazy life is bad."とよく言っている。クリエイティヴな人というのは、一時たりとも時間を無駄にしないのだと思う。
自分は料理が苦手とは思ったことはなかったけれど、毎日毎日ご飯を作るということも実際になかったので、圧倒的な経験不足を実感する。それに、「砂漠風に」作るという余分の課題がついてくるのが難しいのだ。食事の支度というのは、趣味でやっているときの料理とは全然違うことなのだと改めて分かる。
さて言い訳はそれくらいにして、今日はたくさんのマッシュルームを使ってカレーライスを作った。ボール一杯の生のマッシュルームを丸ごとバターで炒めて、煮込んである。

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マッシュルームがゴロゴロ入った砂漠風カレー、食べたくなった人はどうぞクリック↓

食品の値段

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いつもの市場とスーパーで食料品を買い込んだ。クリスマスも終わったというのに、商品の値段がほとんど下がっていなかったのが気になる。とはいえ、食品の値段は日本より大分低いということを、今日は証明したいと思う。後列より、
・スモークサーモン(3袋=1,870円)
・ブルーベリースープ(1パック=120円)、ピクルス(170円)、濃縮ジュース(1本=260円)、ミューズリ(1袋=220円)
・パプリカ(360円)、オレンジ(300円)、りんご(410円)、ソーセージ(1袋=340円)、ねぎ(70円)
・マッシュルーム(340円)、みかん(220円)、キャベツ(250円)、トマト(320円)、フェタチーズ(170円)、カマンベール(250円)
野菜・果物やパッケージのサイズが大きいということも考慮すると、「安い!」と思うのではないだろうか。スウェーデンだけでなく、基本的にEUではこのような値段で日常食べるものが手に入るのだ。
日本人が少ししか食べないのは、食べたいだけ十分に買えないからだと砂漠人は言っている。そういえば、「もやしが大好き!」などと言う人は、もやしの旨味ではなく、その値段に魅了されて好きになったに違いない。食文化がお金の影響で創られていくのだとしたら、それは耐え難いことだ。

日常食べるものの値下げに強く賛成! ならクリック↓

初積雪

イエテボリでは今日、この冬初めて雪が積もった。辺り一面に積もった雪が光に反射して、少し明るくなったよう。これでやっと、安心できるような気分だ。雪に慣れているはずのスウェーデン人も、やっぱり積雪はうれしいのか、朝から一家総出で遊んでいるのが窓から見えた。

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市場に行くために外に出ると、フラットの前にさっきの家族が作っていた雪だるまがあった。写真を撮ろうと思ったら、砂漠人がすでにこのポジショニング。いつもわたしが、「あっ、この風景撮ろうっと」と言おうものなら、画面の中心に立ちにくるからおもしろい。

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楽しく記念撮影をしていたら、通りがかりのおばさんが、「今まで雪、見たことないの?」とわたしに聞いてきたのだけれど…。ありますからー。
ところでスウェーデンの雪だるまは、背が高い。日本では、ドラえもんのように頭と胴体の2つから作るのが一般的だが、ここでは必ず頭・上半身・下半身からなっているのだ。そういえば、イギリスのスノーマンも、なんだか背が高くてスタイルがいいんだよな。

わたしは誰に似ているか

日本画家の内田あぐり氏に言われたことがある。わたしは、「アンドリュー・ワイエスの描く女性に似ている」のだそうだ。2年以上前の話だ。不勉強なわたしはそのときワイエスの絵を知らず、「それはどんな女性ですか?」と聞くと、農場に働く強い女性… そのような説明をしてくれたような気がする。説明の詳細を忘れてしまったのが残念だが、後で調べると、ワイエスはアメリカン・リアリズムの代表的画家で、「ヘルガ」という名前のドイツ系の女性をモデルにして、15年も描き続けたそうだ。このヘルガが、内田氏言うところの農場に働く強い女性のようだった。ところがワイエスの絵に対するどの評論を読んでも、ヘルガは「決して美人ではない」とか、「若くない」とか、「平凡」と表現されるような見かけの女性なのだ。うーむ。

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当時のわたしは普通の都市生活者だったのに、なぜそんな農婦に似ているのかなと不思議に思った。が、今思えば、内田氏はわたしの将来像をピタリと言い当てていたのではないかと、妙な感動がある。わたしの中の農婦的性質を見抜いていたのかもしれない。その後、砂漠人に出会ったわたしは、近い将来砂漠へ移住して、羊などの世話をしながら暮らすことになるのだろう。

ところで内田氏はまた、わたしが「『愛の嵐』のシャーロット・ランプリングに似ている」とも言うのだ。不勉強なわたしはもちろん、こちらもDVDを購入して、その女性像もチェックした。うーむ。ファンは覚えていると思うけれど、DVDのパッケージには、裸(上半身)で踊る例のシーンのランプリングがデザインされている。エロカッコいいとは、まさに、この人のことだ。
正直、残念ながら、似ていないと思う。さらにランプリングが出演する他の映画もチェックしたけれど、観れば観るほど、ランプリングに似ているのは、じつは、内田あぐり氏だということを確信したのだった。



内田あぐりはこんな人。「似てるかも」と思ったらクリック↓

ヨーグルト

砂漠人の食卓には毎日、ヨーグルトが並ぶ。スープにも、ゴルメにも、ソースとしてかけて食べる。でもわたしはこの食べ方に未だに慣れないのだ。なぜって、料理の塩気や辛みを薄めてしまうような気がして、もったいないから。思い切ってかけてみると、別の風味が味わえて確かにおいしいのだけれど、やはり、濃い味やスパイシーな味を優先したくなってしまう。そういえば、ギリシアで出会って一緒に旅したインド系アメリカ人のラニも、そうやって食べていたっけ。
ヨーグルトはブルガリアが起源だとされているけれど、ブルガリアのように伝統的にヨーグルトを食べてきたのは、ギリシャ、トルコ、モンゴル、インド、中東、アジアの一部だそうで、この地域の人たちの食べ方と、日本人のヨーグルトの食べ方はどうやら違うようだ。砂漠人もそうだけれど、彼らはヨーグルトにはちみつやジャムを入れて食べたりしないのだ。
西ヨーロッパや北アメリカでヨーグルトが広く市販されるようになったのは、なんと20世紀半ばになってからだという。なるほど、日本は欧米からヨーグルト文化を習ったから、果物や果汁で味つけするのが一般的な食べ方になったのかと思った。
牛や羊を飼って、その恵みを得て生活する。そういう民族が、乳を長期保存するために工夫して作った発酵乳製品。それがヨーグルトだ。

自家製ヨーグルトの作り方、砂漠流。
(1)牛乳を30分間くらい、沸騰させずに加熱する。鍋底をつねにかき混ぜる。
(2)牛乳が45℃くらい(感覚で)になるまで、鍋ごと冷ます。
(3)ヨーグルトの種を混ぜたら、保存瓶に小分けにする。
(4)瓶ごと熱めの湯につけたまま、一晩置く。

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液体が分離していても、品質には影響ないのだそうだ。

ザクロ

砂漠流デトックス法の一つに、ザクロをたくさん食べることがある。ジュースにはせず、果実をまるごと食べるのだ。種を食べることが重要で、この種が腸内に溜まった老廃物を取り除く役割を果たすとのこと。
砂漠人に教わって、イラン産やシリア産のザクロを知ってからは、その色と甘みにすっかり魅了されて毎日ガリガリ食べていた。冬になって、今年もようやくザクロの季節がきたと喜んでいたら、なんだか今年のザクロはおかしい。酸っぱいのだ。市場で毎週買ってみるけれど、酸っぱくて、ひどいのは酢の香りがしたり。せっかくのザクロに対する興味が、だんだん失せてきている。

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