2008-04

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おしん

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これは最も感心した手仕事のうちの一つ。トルクメンの座布団とでもいうのか、壁に立てかけてもたれかかるためのクッションだ。砂漠人の幼なじみ作。
よく見ると、この女性は和服を着ている。そう、これは「おしん」をモデルにした創作なのだ。それにしても、外国の女性ということで瞳を青くしてしまったんだろうか? 日本人もやりそうな勘違いで、ちょっとおかしい。
「おしん」というテレビドラマ、日本でももう二十代の人は知らないのだろう。わたし自身はこどものときに「おしん」を見たのであらすじは覚えていないけれど、彼女が苦難の人生に強く立ち向かう女の子…という印象だけが残っている。イランではこのドラマが何度も放送されているために、イラン人は100%に近い割合で「おしん」を知っているのだ。日本と言えばテクノロジー、あるいは「おしん」、みたいな。日本人としては、そのギャップをどう考えていいのかよく分からないのだが…。
でも実際、「おしん」よりも切実にイランで呼びかけられたのは、「ヤンゴム」という言葉だ。甥っ子姪っ子に始まり、歩いているとこどもたちがわたしに向かって「ヤンゴム!」と叫んでくるのだ。最初わたしにはそれが「ヤンゴン」と聞こえていたので、わたしのことをミャンマーの人だと思っているのかと思い、「ヤンゴンじゃないよ、ジャポンだよ!」などと意味不明の返しをしていたのだが、「ヤンゴム」というのは今イランで放送されている韓国ドラマのタイトルなのだそうだ。邦題「宮廷女官チャングムの誓い」。なるほど、韓国人と日本人ではさすがに見分けはつかないかもね、と納得。

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トルクメンの手仕事

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織物や刺繍のほかに、「紡ぎ」という手仕事がある。
上の写真は砂漠のユルタの中でせっせと羊毛を紡ぐ、羊飼いの奥さん。スピンドルという紡ぎの道具をくるくる回して作業していた。紡いだ羊毛で絨毯を作るのだそうだ。彼女は今のところ娘が二人いる。一体何枚の絨毯を織ることになるんだろう。

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こちらはミシンがけ。服や布団を縫ったり、あらゆる裁縫は自分でやるのだ。
このミシンは砂漠人のお母さんの嫁入り道具のようで、なんと、手回し式なのだ。何十年も壊れずに、まだ使っているらしい。わたしは電動ペダルのミシンしか知らないので、おもむろに手回しし始めたのを見たとき、一瞬ウソかと思ってしまった! あまりにも、効率が悪いんじゃないのか? でも弟の奥さんはこれで何でも縫っているようだ。この日はこどものために、お人形用の布団セットを作っていた。掛け布団、敷き布団、枕のセット。自分たちが使っている布団と同じ柄の布地で作られている。

トルクメンの刺繍

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砂漠人のお母さんは、村でも有名な刺繍の名人だ。彼女の刺繍は牛乳に同じく、ちょっとしたブランドになっている。
いつも大勢の家族や友人に囲まれて、一人になることがほとんどないお母さんなのに、ちょっとした時間を見つけてはチクチク刺している。日が照れば、外に座って刺す。暑すぎるときは家の中で、窓から差し込む光の下で。眼鏡をかけずに作業しているのが驚異的だ。刺繍のオーダーは絶えることがないようで、お母さんは毎日黙々と刺している。こういった幾何学模様は温かみがあるし、古びることがない。きっと彼女の頭の中には数十、あるいは百以上の図案が入っているのだろう。

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トルクメンの女性はワンピースのドレスの下にズボンを履いているのだが、このズボンの裾のところに粋な刺繍を刺している。わたしのようにいつもずり落ちてしまうのは別として、このズボンは普段、人に見せない部分なのにどうしてここに刺繍をするようになったんだろう? また、既婚の女性は頭の上に「アンナック」という輪を置いていて、これにも刺繍をしている。この輪もスカーフの中にあって見えることがないというのに。見えないからこそオシャレ、なのか?
禁断のズボン裾、見せていただきました。

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トルクメンの織り

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トルクメンの女性はみな、家庭でなにかしら手仕事をしている。織物はその代表的なもので、どこの家も簡単な織り機があって床で作業しているのを見かけた。トルクメンの家では女の子が生まれると、母親がその子のために絨毯などの嫁入り道具を準備するそうなのだ。まだ子供が幼い時期から始めるのは、作るのに長い時間がかかるためだろう。娘が将来暮らすことになる嫁ぎ先の家をすてきに飾れるように、何年もかけて嫁入り道具の絨毯を織る。母親というのは、娘のためにそういうことをしてくれる唯一の存在だ。

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どこの家の居間にも、上のような伝統的なデザインの絨毯やクッションが置いてある。これがトルクメンに古くから伝わる図案、伝統的な色合いの一つ。パターン集などの本があるわけでもなく、母親から実践的に習ったものが代々伝わっているようだ。21世紀のこの時代に、まだこれが日常である人たちがいることにあらためて驚き、関心してしまう。

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↑これは壁掛けの飾りだそうだ。壁に立てかけてあるクッションの図案も見逃せない。

ピザ

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ひさしぶりにピザを焼いた。ピザを作るときはいつも、特大サイズを一度に6~8枚焼いて冷凍しておく。砂漠人のピザは味も栄養のバランスもいいので、軽い食事を用意したいときにぴったりなのだ。わたしは小出しにして楽しみに食べている。ただし、ピザはエネルギーの高い食べ物なので、おやつとして食べるのは砂漠人には御法度だ。太る必要がある人や、運動をしている人にはもってこいだけれど。
今回のピザの内容は、ハム、ソーセージ、ねぎ、にんにく、とうがらし、パプリカ、パイナップル、マッシュルーム、オリーブ、ズッキーニ、チーズ。

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自然美

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花々がすっくと伸びて、スウェーデンも春に満たされている。
砂漠人が住むこのフラット群は非常によく管理されていて、庭や共有スペースの植物にはこまめに手が入れられている。雪や雨で崩れていた丘に上がるための小道も再整備されて、全体的にすっきり、きれいになった感じがする。

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植物に近寄ってみると、一つ一つ計算した上で植えられたのがよくわかる。でもその絵があまりに見事に描かれているので、逆に不自然さを感じてしまうほどだ。その鮮やかな色彩と形相で感覚を刺激されるのは確かだけれど、どうもそれが造られた美であるということに引っかかってしまうのだ。昨日まで土しかなかった場所にいきなり花が開いている、みたいな。
庭や花の「美しさ」に求めたいところは、その植物が満足した生育環境で芽を出し、花を咲かせ、実をつけて、果ては散る…という自然な生命の連続だ。植物という生命の、環境との関わり合いだ。自ら太陽のエネルギーを浴びて生きようとするその姿勢は、人間にあっても等しく美しいと思う。その生命力が強ければ強いほど美しいと感じるし、それをとりまく自然環境もできるだけ美しくあってほしいと願う。
ここの花壇が人によって不自然に造形された庭だと文句をつけてみても、人間の住環境を包括的に整えるこのデザイン力にはほとほと関心してしまう。庭という機能が健全な人間の生活にとって絶妙に作用しているのだから。
この花壇を横切りながら丘を登り、ベンチに座って景色を眺めるのもよし、森に入って散歩するもよし。

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トルクメン女性の服装

イランで慣れなかったことのひとつは、やはり服装だった。今回は初めての滞在だったので、事前にトルクメン女性としての服装を用意できず、幸い家族や友人がプレゼントしてくれた服を着て過ごすことができた。でも、これがとても窮屈だったのだー。
基本的にトルクメン女性の服装は、足首まで隠れる長さのワンピースにカーディガンなどの上着を羽織り、髪の毛はスカーフで覆う。出かけるときは、その上に大きめのチャドルというのを被るのが通例のようだ。

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ワンピースの丈が長いことはともかく、不自由なのは、裾が広がっていないために歩幅が制限されることだ。日本の着物を着たときのように、小股でパタパタ歩かないといけない。そんな歩き方はしたことがないために、大きく一歩を踏み出して思わず転びそうになる…なんてことをわたしは繰り返していた。それに加えて、公の場では髪の毛をさらしてはいけないということで、スカーフがずれるのを常に気にしたり、ワンピースの下に履くズボンの裾が見えていないか(ズボンのサイズが合わず、いつもずり落ちている状態だったので…)が気になったりで、どうも全身がひきつっているような感じだったと思う。ただもちろんトルクメンの女性たちは、その服装でもとてもしなやかに振る舞っていたので、慣れればなんてことないのかもしれない。
全身を黒でまとめるペルシャ人と違って、トルクメンはとても鮮やかな色合いの服を着ている。トルクメン女性が並んで歩いていると華やかでとてもいい感じだけれど、実際自分が着こなすとなると、けっこう難しい。トルクメン独特の色使いは、東京人にとっては「ドぎつい」とも言える色味のものが多いのだ。

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↑メッカ巡礼帰りの友人に、チャドルをプレゼントされるわたし。けっこう渋い色だけれど、どんな服を合わせたらいいんでしょう。後ろの方ですごい心配そうにしていますが…なにか?

カスピ海観光

カスピ海は、イランの人々にとっても有名な観光名所のようだ。

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友人に連れられてわたしたちも観光してみたのだが、冬の海とはいえ、たくさんの人で賑わっていた。トルクメンに限らず、ペルシャ人、カザフスタン人、アフガン人、色々な人種が集まる場所だった。トルクメンもそうだが、カザフスタンの人もかなり日本人と似ているように思う。なんだか友人に会ったようでうれしくなるものだ。この海辺には、お土産物などを売っている大きな市場があって、これがその入り口↓。

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↑トルクメンのお土産屋さん。

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↑インドやトルコの服屋さん。ここでトルコのスカーフを1枚買った。

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一通り市場を見て回った後は、海を眺めながらお茶を飲んだりしてくつろぐ。海の見える場所にはこういった大きなベッドのようなベンチがいくつも置かれていた。なぜかどれも傾いているのだけれど、海が見やすいようにかな?
イランでレジャーといえば、ピクニックが主流だそうだ。海や山に出かけて行って、そこで火をおこして食事を作ったり、お茶を沸かしたり。なつかしいような、とても健康的な楽しみだ。もともと遊牧民のトルクメンにはそういう血が流れているようで、山に行ったときも、みんな自然と木の枝を集めてきて、たちまち火をおこしていた。火を囲んで食事をしながら、絶えることなく話をしている。そしていつも一緒にいる家族や友人でも、話題は尽きることがないようだ。

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イランを学ぶ

タイトルにしておいてなんだけれど、ペルシャ人の実生活について、わたしはほとんど知らない。砂漠人の故郷はイラン国内のトルクメン人の住む地域だが、そこが "Iranian side(イラン側)" と呼ばれることからも分かるように、トルクメンという民族はトルクメニスタンを中心としてイランやアフガニスタン、その他の国に散らばって住んでいる。
それはともかく、イランの文化について知りたいときにわたしが参考にしている重要なブログがある。

イランという国で:http://sarasaya.exblog.jp/

筆者は大学で講師をされている、テヘラン在住の日本人女性。このブログにはイランの日常のちょっとしたことから文学、歴史、あらゆる文化的な内容が書かれていて、筆者の教養の深さを思わされる。現代のイランについて興味のある日本人は、まず参考にしているブログだと思う。
イランについて知ろうと思ったら、まずは1979年に起きたイラン革命について読む必要があるだろう。日本という国の世界的な位置を考えるとき、革命にまで至ったイランの歴史には多いに学ぶべきことがあるように思う。イラン革命について、どんな歴史的背景があって革命後この国がどう変わったのか。たった30年前の事件であるだけに、今の社会情勢はこの革命と密接に結びついている。そして革命にまつわる人々のドラマは、今でもイラン人の中に色濃く生きている。

牛乳

砂漠では朝食に羊とヤギのミルクをごちそうになったが、村にいるあいだの朝食は、焼きたてのパンとチーズとはちみつ、紅茶にしぼりたての牛乳を注いでガブガブ飲んでいた。牛乳は、砂漠人の弟が世話している乳牛から絞ったもので、大きな器に入れてストーブの上で温める。

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弟は毎日夕方になると牛の乳を絞り、町に売りに行く。うちの牛乳はちょっとしたブランドになっていて、絞った牛乳を持って弟が店に着く頃には行列ができているのだとか。

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牛の世話は、十代の甥っ子も手伝っている。餌をやったり、給水車から水槽に水を注いだり、小屋を掃除したり、かなりの重労働だ。学校から戻って遊んでいても、時間になるとここへやって来て、任された仕事をこなしている。こういう家の手伝いをすることで、大きくなったときに自分の家を懐かしく思い出すことになるのだと砂漠人は言っていた。たしかに大変だけれど、太陽の下で、父親や犬が見守る中で汗を流して働いて、清々しく、しあわせだなと思った。牛の世話は将来、わたしもできるだろう。
わたしはここで文字通り「絞りたての牛乳」を飲ませてもらった。じつは最初に飲もうと思ってから万が一のことを考えて、翌日家でじっとしていられる日が来るまで待っていたのだ。お腹をこわしたら困ると思ったからだ。そうして晴れの日を迎えたわけだが、絞りたての味は思っていたようなクセはなく、さらりとしてとてもおいしかった。コクが深い! とは思わなかったけれど、絞ったばかりという新鮮さが感じられた。ども、いただきます。

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絞りたての牛乳について巷で言われていることは、雑菌が多いから飲んだらお腹をこわすとか、工場で殺菌しなければならないとかいうことだけれど、それはここでは実証されなかった。後に数回、絞った牛乳をその場で飲んだけれど、体調が悪くなることは一度もなかった。これはどういうことなんだろう。
砂漠人によれば、工場に運んで様々な行程を経て「製造された」牛乳の方が、雑菌に関して信用できないとのことだ。そういえば雪印乳業の牛乳で食中毒が起きたとき、生産工場の劣悪な環境が多々、報道された。何度も繰り返される似たような食品汚染についてはうんざりしてしまうが、砂漠人が言うように食べものというのは本来、工場で製造するものではなかったのだ。動物や植物のいのちをそのままいただく、そうやって人間は食べてきた。
本来あるべき姿を変えてしまったのだから、それによって後から後から出てくる新しい問題は絶えることがないだろう。あまりに工業化されてしまった人間の生活様式と、その他の自然とのバランスを見直さない限りは。

スウェーデンの春

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スウェーデンにもようやく春がやってきた。
さすがに北国の冬は長い! 今回はイランに行ったことで一ヶ月半、冬をしのぐことができたけれど、それでも戻ってからの雪はしつこかった。ここにきてようやく晴れの日が続いているし、日も長くなってきた。夜9時でもまだ明るいのだ。

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日課のウォーキングでは砂漠人の足取りがやたらに軽くなってきた。下り坂では走り出すくらいだ。肩の痛みが減ったのと天気がいいのとで、調子がいいようで。

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森の中は、辺り一面に小さな白い花が咲いている。この花には見覚えがないのだけれど、日本にもあっただろうか。いたるところに、まるで絨毯が敷かれたようだ。関東の春の野草は、種類が豊富で小さくてとてもかわいらしいけれど、一種類の小さな花が広い範囲に咲いているこの風景は、スウェーデンらしいなと思う。

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らくだ

砂漠と言えば、らくだ。砂漠ではもちろん、何度か駱駝の群れに遭遇することができた。
砂漠人に出会って間もない頃、駱駝を何頭ほしいかと聞かれたことがあった。申し訳ないけど駱駝は飼えないからいただけない…と答えると、駱駝は飼う必要がないのだと教えてくれた。駱駝は、砂漠を自由に旅して、飼い主のところに戻ってくるのだそうだ。

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近寄ってみると、彼らは警戒心が強いようで、わたしが一歩寄ると一歩離れる…といった様子だった。あたりには人の姿は見当たらず、まったく駱駝だけの集団だ。こんなふうに野放しで、盗まれたりしないのだろうか? あるいは駱駝は、おとなしく見知らぬ人についていくような動物じゃないのかもしれない。

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駱駝の大きさはどれくらいかと言うと、馬を二回りくらい大きくしたような感じだ。上の写真は、村のある家の庭で飼っている駱駝だが、身長165cmのわたしと比べてみるとよく分かる。かなりの迫力だ。乗ってみたら、2メートル近い高さがあるんじゃないだろうか。

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放浪している駱駝の群れは、雄大なイランの砂漠によく似合う。道で人と出会っても、じつに優雅に通り過ぎてゆく。なんとか近づきたいとさりげなく近寄っても、さらりと交わされてしまうのだ。近寄ると離れてしまうので、群れが近づいてきたとき、彼らの通り道にあらかじめ立って待ってみた。それでもある駱駝は遠くからわたしを察知して、道路の向こう側に渡ってしまった。

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次に近づいてきた駱駝↑は、逃げる様子がない。なんだかわたしのことを見ているようだが。

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あれ? 近い。すごい近い。駱駝が立ち止まった?

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すごい近いんですけどー!
この駱駝は愛想がいいのか群れのリーダーなのか、とにかくわたしにあいさつをしてくれた。どうも、はじめまして。

ドクター砂漠

トルクメンという民族ははもともと遊牧民族で、つまり、みんな砂漠人なのだ。さすがに今では町で生まれて町で死ぬ人も多いけれど、彼らには確実に遊牧民の血が流れている。都市に生まれ育っても、農耕民の血が流れている日本人と同じようなことだろうか。
蜂から医療を学んだドクターの他にも、村ではおもしろい人物に多々出会った。砂漠に生まれ、砂漠に育ったというこの方、お年がいくつだかちょっと想像してみてください。

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砂漠人の肩を治療中の彼は、羊のドクターだ。砂漠で放牧している羊のうち、調子が悪くなったものは家に連れ帰ってきて様子を見たり、医者に見せたりするのだが、ある子羊をこのドクターのところで治療してもらったそうだ。なんと、彼は85歳。無駄のない機敏な動作と、ものを見るときの鋭い目が印象的だ。ほとんどトルクメン語が話せないわたしが砂漠人に英語で話し始めると、「トルクメン語で話せ、トルクメン語で。」と、誰の話にも敏感で、小さなことにも興味を示していた。食事もおいしそうに平らげ、珍しいデザートは全種類、味見していた。ちなみに彼の現在の夢は、ラクダを13頭連れて日本に行き、新しい日本人の奥さんを三人連れて帰ることだそうだ。一人につき、ラクダ3頭と交換するらしい。帰りは奥さんを一人ずつラクダに乗せて砂漠に帰るとのこと。砂漠人が、「これから三人も面倒見れるのか?」と聞いたところ、あと三人までならいけるそうだ。彼は今、砂漠を離れて年金生活を始めたところだが、もしすてきな日本人の奥さんをもらうことができたら、砂漠に戻って新しく羊の群れを飼い、その世話をして暮らすのだと。ドクター砂漠のバイタリティ、半端じゃない。日本もこんな高齢化だったら大歓迎じゃないかー。

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食事が済んだ食卓で、砂漠人用の薬を用意し始めた、ドクター砂漠。これはガムのようなものを熱して布につけ、治療の終わった砂漠人の肩に貼っていた。患部を軽く固定するためだと思う。
それにしても和風にも見えるこの布切れ、どこかで見たことあるなーと思っていたら、翌朝、家の庭で発見した。

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という訳で、ドクター砂漠の花嫁に志願される方はぜひご連絡ください。あ、三人までです。

村のドクター

砂漠人はイラン滞在中、あるドクターのところで治療を受けた。彼はここ数ヶ月間、肩と腕が痛くて眠れないほど苦しんでいたのだ。痛みがどうにも堪え難くなったとき、イラン旅行の前に医療機関に連絡したのだが、「明日の朝6時にもう一度電話してください」とか「来週また電話してください」などと対応されているうちに、ついに出発の日が来てしまったのだ。名高いスウェーデンの医療だけれど、日本では聞いたことのない問題がありそうだ。
常に肩と腕が痛いというのはとても辛い状態だ。ところが、イランで村のあるドクターに診てもらった日を境に、砂漠人の肩の痛みは急激によくなり出したのだ。その治療は、なにやら特別な薬を湿布したことで、患部がものすごく熱くなったそうだ。その後から、痛みが和らいできたとか。それは数ヶ月間苦しんでいたのを隣で見ていたわたしも驚くほどの変化だった。
このドクターは、医者になる前に18年間ほど養蜂を営んでいたそうだ。どうして養蜂家がドクターになったのか、それはなんとも驚異の物語なのだった。
蜂を飼っている間、彼は蜂の生活をつぶさに観察していたそうだ。そして彼はある日、おもしろい事実を目撃した。蜂の巣内のある部屋には、怪我をして動けなくなった蜂がたくさん横たわっていたのだそうだ。そしてまた、それらを治療する医者のような蜂がいたのだそうだ。蜂の世界に、人間と同じように患者とそれを治療するものが存在しているなんて! 虫にはまったく興味のないわたしだが、その話を聞いたときには鳥肌が立つほど感激してしまった。さらに彼は、その医者にあたる蜂がどういう治療をするのかを観察しつづけたところ、ドクター蜂は外に飛んで行き、ある薬草を摘んで戻って来たらしい。もちろん彼はすかさずその薬草の生える場所まで蜂を追っていき、特別な薬草のありかを知ったのだった。それが砂漠人にも処方した特別な湿布だった。なんでも手に入れるのが非常に困難ということで、治療代がとても高かったらしい。
砂漠人はこのドクターを試すために、「ここは痛いか?」などと質問されたときに嘘をついていたそうなのだが、それでもドクターは「言わなくてよし。痛みはこことここだ。」とピタリと言い当てたらしい。
蜂から医療を学び、村の名医となったこのドクター。またしても、人間の生活の原点に近いものを見せてもらったように思う。

カスピ海

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家からカスピ海まで、歩いて5分。と言いたいところだが、実際は数キロあると思う。一度は歩いて行ってみようと思っていたのに、ついに歩かずじまいだった。言い訳をするようだけれど、初めて纏ったスカーフやトルクメンの服がなかなか体に馴染まず、窮屈だったのだ。おまけに舗装されていない道を革靴で延々と歩くなんて。
それでもカスピ海はやはり見たいと思っていたので、ある日の夕方、車で海に向かった。砂利を敷くことで道づくりに失敗したらしいデコボコの道を、小さな車でガタガタ行く。車が進めるギリギリの所まで行き、その先は海まで続く水路に沿って歩くことになった。海までの道を歩いている人はほとんどいない。もっとも真冬に海に行く人も少ないか。

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そして海に一番近いところまで来ると、たくさんのバイクが停まっていた。これは漁師さんたちのバイクのようだ。自宅から乗ってきたバイクをここに置いて、船で海に出るのだろう。それにしても目印がなにもないこの場所で、一体どうやって船を管理するんだろう?

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カスピ海は、砂浜と水の分かれ目が延々と続く、遠浅の海だった。
帰り道では、水路に船を浮かべてそれを引っ張る人たちとすれ違った。漁師さんだろうか? これで海に出られるのかな…と心配してしまうような古びた船を引いているのだけれど、夕日の沈む海に向かって誰もいない水路を歩く、彼らはなんて優雅な時間を過ごしているんだろうと思った。

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羊を捌く

ある朝、起きて部屋から外に出ると、目の前にこれがぶら下がっていた。子羊の全身か? 肉屋で見たことはあるけれど、自宅のベランダでこんなふうに出会うとは。

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まさかと思って砂漠人に「この肉、どうしたの?」と聞いたところ、「買ってきたんだろう。」とのことだった。なんだー、買ってきたのか。家で買っている子羊を殺したんじゃなくてよかった! などと妙な安心をしたのだけれど、スウェーデンに戻ってからよくよく考えてみたら、あれはまさに庭で飼っていた子羊を殺したに違いない。こんなふうに砂漠人にだまされたのは、イラン滞在中、合わせて3件あったと思う。砂漠で子羊のケバブをごちそうになったときは、「羊飼いが羊飼い専用の市場で買ってきた」「そこでは生きている羊一頭と、羊肉一頭分を交換するのだ」などと言っていたけれど、今ではこれも砂漠人の嘘だったと確信している。もちろん、砂漠で放牧している羊のうち一頭を殺したのだろうから。
知りたくないこと、理解したくないことは、頭が無意識のうちになんとかして避けようとするのだろう。羊を殺すことに遭遇するだろうと覚悟はしていたはずなのに、「まさか毎日餌をやっていたかわいい羊を殺すなんて」という自分の思いから、不自然な砂漠人の説明をすんなり納得してしまったのだ。砂漠人は、家の羊を殺したと聞いたらわたしが動揺するのをお見通しで、そんなふうに言ったのだろう。
この村ではどこの家の庭にも家畜がいる。牛、羊、鶏などがそこらじゅうを歩いていて、わたしにはそれが動物園のように楽しい現象に思えた。それらを目にしていちいち喜んでいたわたしを見てなにか思ったのか、砂漠人の弟が「動物は人間の生活のために必要なものだ。」とわたしに言った。トルクメン語でゆっくり説明してくれた、その言葉はよく覚えている。そのときは「そうだね。」などと返事をしたと思うけれど、今になってようやく、自分の動物に対する認識がなにかおかしいんじゃないか、ということに思い当たった。
羊や猫などを「かわいい」と思ってしまう自分の感性、もちろんこれはわたしが都市で生まれ育ったことに起因するのだろうけど、これは一見、動物を愛しているように見えて、じつは自然を意識していないことの表われなんだろう。餌をやる動物と、殺して食べる動物が別のものだと考えているフシがあるからだ。本来、人間にとって動物は、乳を搾ったり肉や卵を食べたりする存在だったのが、工業化にともなう生活様式の変化や宗教観の変化によって、いつの間にか動物を「生きているぬいぐるみ」のようにとらえてしまう傾向が人間のうちに出てきたのではないだろうか。

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羊たちは殺されるその日まで、自然に生きている。旺盛な食欲で餌を食べ、日光浴をし、まわりの羊となにかを交わす。子を孕み、産み、乳をやり、育てる。その存在は、ともに生きて、生命あるものの力を人間にあらためて認識させてくれるものだ。そしてその日が来れば、人間は神に祈りを捧げながら羊の命を絶つ。その羊の肉は彼らの日々の糧、人間の生きる源になる。

魚を捌く

カスピ海で獲れる美味しい魚。なんて見事なんだろう。

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魚を捌くことも、外でやる作業だ。この日は姪とその友達が遊びに来ていて、夕食の魚を捌くところを一緒に見た。なにげない家事も、庭でやっていると誰かしらが寄ってきて、ちょっとした集まりができる。そういう場所で彼らはたわいのない話をしているようにみえて、しっかり情報交換をしているようだ。お母さんは元気か、お父さんの仕事はうまくいってるか、などなど。

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鱗を剥がして、内蔵を取り除く。その豪快な捌きっぷりに圧倒される。
そうこうしているうちに、庭には3~4匹の猫が集まってきた。肉や魚を捌くと、猫たちはどこかからにおいを嗅ぎつけて、たちまち数匹が集まってくるのだ。

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人間も、猫の取り分は考慮していて、内蔵や骨はそっと取り置いておく。…そんなふうに考えるととてもロマンチックなのだが、実際は要らない部分を捨てて、それを野良が食べにくる。ただそれだけだ。猫がかわいいという感情は彼らにはなく、むしろ猫は汚れた動物なので「ピシッ! ピシッ!」とか言って追い払っている。
無類の猫好きのわたしがやたらに猫の写真を撮るので、みんな奇妙に思っていたに違いない。

野鳥を捌く

トルクメンの食卓を経験してみてあらためて分かったことは、スウェーデンにいる間に砂漠人が毎日作ってくれた食事は、かなりアレンジされてはいるものの、トルクメン料理に基本が置かれているということだった。わたしは1年以上かかってそれらの料理の作り方を覚えたけれど、イランに来てそれを披露できるかと思ったら、大間違い。台所の仕方が日本やスウェーデンとはあまりに違っていて、怖じ気づいたわたしは初日から料理をギブアップせざるを得なかった。修行の成果は案外、虚しい。
砂漠人の実家では大人数の食事を作る場合(いつも大人数なのだが)、外で大鍋を火にかける。この日はおいしい野鳥が手に入ったということで、鳥のチェックディルマを作ることになった。

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おもむろに鳥を火で焙っているのは、砂漠人の弟の奥さん。この鳥はどうやって獲られたものかわからないが、家に持ってこられたときにはまだ、空を飛んでいる黒い鳥のかたちをしていた。息絶えていたけれど。全身に生えている黒い羽をすべて手でむしってから、火で焙る。その羽むしりをわたしも手伝ったのだが、鳥を手に取るとまだ全身が柔らかくて、実に生々しく、それが食肉なのだということよりも「生きていた鳥が死んだのだ」ということを強く思わざるを得なかった。彼女は、動物を捌くたびに、それを思っているのだろうか。

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火で焙ると残っていた羽が縮れて、皮に膜ができる。これで料理の下ごしらえが完了だ。

トルクメンのもてなし

砂漠はさておき、イランについて最も強く印象に残っているのは、人々から手厚くもてなされたことだ。
今回一ヶ月半を過ごした場所はイランの北東部、トルクメン人が住んでいる地域なので、もちろん親戚も近所もみんなトルクメン。ペルシャ人(イラン人)に関わる機会はほとんどなかった。イラン人のホスピタリティーについては聞いたり読んだりしたことがあるけれど、トルクメンのそれは想像以上で、とてもあたたかく迎えてもらった。ほぼ毎日、親戚や友人から招待されて、どこへ行ってもありったけのごちそうを供してくれる。彼らの暮らしぶりは概してとても質素で、裕福な生活をしている人はほとんどいないようなのに、お客さんがあれば必ず自宅に招いて最高のもてなしをしているのだ。
トルクメンにとって、お客さんは神様から送られた大事な存在だそうだが、それにしてもこんなに歓待されたのは生まれて初めてだ。自分は誰かをこれだけもてなしたことがあるだろうか。

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どの家の食卓もトルクメン料理をいっぱい並べて歓待してくれた。写真は妹の家での食事風景。妹にはゴルメサブズィという、羊肉と豆と数種類のハーブを煮込んだ香りの高い料理と、トルクメンの代表的な料理、チェックディルマをごちそうになった。トルクメンの食卓には、メインがどんな料理であれ、ヨーグルトソースと新鮮な青野菜が欠かせない。そしてサラダやピクルスが添えられる。彼女の用意する食卓は、砂漠人が絶賛するだけあって、いつも満点以上のできばえなのだ。

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砂漠の効用

砂漠のすばらしさについては、だいぶ前から砂漠人に話を聞いていた。砂漠人はいつも、砂漠に行くとひたすら眠るのだという。最初の数日間は、とにかく眠る。そして眠りが十分に満たされた後で、本来の力が湧いてくる。砂漠にはそういう不思議な力があるということだった。
行く前に想像していたわたしなりの砂漠のイメージがあったはずなのに、今はどうしてもそれが思い出せない。それはたぶん、この砂漠がわたしの想像どおりのものだったからだ。砂漠人の話はいつもそうだが、聞いているときには半信半疑になるものの、事が起こってみると「本当だ…」と納得してしまうものなのだ。だから適当に聞いていると大事なことを逃しかねない。
砂漠人の言葉どおり、わたしもユルタの中で際限なく眠った。朝食を食べては眠り、昼食を食べて散歩をした後でまた眠り、夕食後も誰よりも早く横になり、朝までぐっすり…という具合に。どの眠りもとても心地よいもので、地面に絨毯を敷いただけの、真っ平らではない床に横たわり、目を閉じる。すると、睡眠の天使が呼びにくるような感じだった。外で羊の鳴き声がしたりするのだけれど、それがのどかないいイメージを呼び起こしてくれる。
砂漠から来た人には、不思議なオーラが備わっていると砂漠人は言っていたが、実際、数日間砂漠で過ごして家に戻ると、気力も体力もとても充実した状態でいることができる。頭の中では迷いがなくなるし、動くときに体が軽い。簡単に言って、やる気に満ちあふれた状態なのだ。
砂漠という環境は、人間が本来持っているけれども失ってしまった、あらゆる力を満たしてくれる、そういう場所なのだと思う。砂漠人によれば、長年の都市生活で色々な力を失ってしまったわたしが本来の力を取り戻すには、砂漠以上の環境はない、とのことだ。

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kumoki

双子の abi が産まれてまもなく、また1頭の子羊が産まれた。今度はメスだったので、それを kumoki と名づけたらしい。初めて kumoki と対面した際には産まれてから何日経っていたのか、すでにその毛がきれいに整っていた。

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茶色い顔に、白い帽子。白い四本の足。これが kumoki だ。どこからどう見ても、かなりかわいいんじゃないのか!
元気に育って、強い母親になり、群れを率いてくれたらいいな、と思う。

双子の abi

わたしたちがイランに滞在した時期、砂漠では羊の出産が続いていた。初めて砂漠を訪れることになった日のその道中、次に子羊が産まれたら、その子羊に自分たちの名前をつけようと決めた。オスだったら砂漠人の名前である abi、メスだったらわたしの名前、kumoki を。
すると、どうだろう。不思議な力がはたらいたのか、わたしたちは到着した途端に一頭の羊の出産に立ち会うことができたのだった。立ち会うもなにも、人間は見ているだけで、羊は自力で出産するのだけれど。そして産まれた子羊も、数十分のうちに自力で歩いてしまうのだ。

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その姿はなんとも頼もしいものだった。まだ羊水で濡れている小さな体で、一所懸命立ち上がろうとしている。立ちかけたりへたったりを何度も繰り返しながら、しまいには立ち上がり、ヨタヨタと歩いて母親の乳を吸いにいくのだった。

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そして、なんとその子羊は双子だったのだ。ひょっとするとこの2頭の子羊は、abi と kumoki という双子になるのか! と胸が高鳴ったのだが、じつは2頭ともオスの羊だったということが後で分かった。そんな訳で、彼らは「双子の abi」と名づけられた。

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安息の場所

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砂漠には、人間が安息するための理想的な静けさがある。耳を澄ますと、カラカラカラ…、コロコロコロ…、と遠くで鈴の鳴る音がしている。先導役の羊の首にかけられた鈴が風に揺れているのだ。そのかすかな音が、群れがゆっくり移動していることを教えてくれる。
それからあちこちで、「バアアア」「メエエエ」という羊の鳴き声が聞こえる。母親を呼ぶ子羊の声、そして我が子を探す母親羊の声。

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ここはあらゆる文明から隔絶された世界だ。大地を明るく照らすのは、日中は太陽、夜は月と星。天気のいい夜は、ひとつひとつの星が小さな月のように瞬くために、輝きがつながった星明かりは眩しいくらいに夜空を覆う。

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大きな静けさの中で、人間も動物も大地の上に身を横たえる。すると大地の呼吸に包まれて、光や風から守られた暖かいユルタの中で、疲れた人間の身体はそのエネルギーが満たされるまで、安息に耽ることになる。

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