2009-05

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日曜日

イエテボリでは毎年5月の終わりに Hammarkullen という町でカーニバルが行われるということで、いそいそと出かけてきた。イエテボリの北東部にあるこの町は、イラン国王の援助によって60年代に建設されたそうだ。カーニバルでは世界各国の音楽や踊り、出店があるということだったけれど、なんだかいまひとつ盛り上がりにかけていて、どうもメインのものを見落としたような気がする。

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リオのカーニバルのような、若い女性が半裸で踊りまくるのを想像していたので、こどもたちのパレードばかりを見て、人混みに疲れ、わたしは少し不満に思いながら帰ってきた。やはり、近所で遊んで家でご飯を食べるのがうちには一番合っているようだ。

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メロンとコニャックはトルクメニスタンに行ったら必ず試すべき味だとのこと。
明日からは 6月、夏が始まる。

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市場

夏が近づき、市場で買える野菜や果物の質が少しずつよくなってきているようだ。今週は後半に日本からお客さんが来ることもあって、砂漠人の買物も弾んだ。冷蔵庫には野菜と果物がびっしり入っている。

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買物から戻ったら、野菜の泥を落としたりハーブ類を洗って袋に入れたり、料理に使う前の下ごしらえがたくさんある。たいていわたしが時間をかけて処理するのだが、今日は砂漠人が手際よく済ませてくれたので、こうして悠々とブログを書くことができる。

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お客さんが来たらもちろん、砂漠人の十八番であるピザを焼くつもりだ。マッシュルームは生のままでは週末までに鮮度が落ちてしまうので、加熱して冷凍保存しよう。

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ベランダの掃除もして、準備は万端です。いらっしゃ~い

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砂漠人と食事とわたし

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金曜日。ようやく5日間の授業が終わった。
毎日、お昼に授業を終えて帰り、自宅のドアを開けると夕食の香りが部屋中に漂っている。まるで子供時代に戻ったようで、「ママー、今日のご飯なにー?」とでも言ってしまいそうだ。食事を用意してくれるのはもちろんママではなく、砂漠人なのだが。
もう数年前になるけれど、日本で仕事をしていたときに、わたしは通訳案内業の国家試験に合格しようと勉強していた時期があった。数ヶ月の勉強期間を経たにも関わらず、試験結果はあっさりバツだったのだが、今となってはなぜ試験に落ちたかがよく分かる。勉強が足りなかったというのはもちろんだが、なぜ勉強が足りなかったのか、そこに本当の原因があるのだ。
当時のわたしはフルタイムで働き一人で暮らしていたので、帰宅して食事をして寝るだけでも週末にはほどほどに疲労がたまっている状態だった。そして食事を非常にいい加減にとっていた。朝食はコーヒーとお菓子、昼食は職場の食堂かお弁当、夕食は手に入るものを口へ運ぶといった様子で、とても仕事をした上でさらに勉強できるような体力ではなかったのだ。おまけにたばこも思う存分吸うといった始末。それでも気力だけで事を成そうとして、結果的には数ヶ月間を無駄にしてしまった。もしあのとき、毎日きちんと食事計画を立てて実行していたら、記憶力や思考力が格段に冴えていたに違いないのだ。悔やまずにはいられないが、毎日の食事がいかに大切かを砂漠人は理論と実践によって教えてくれた。

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ところで、砂漠人がわたしよりかなり年を取っているせいなのか、「若い奥さんをもらって砂漠人はシアワセね」と思っている人が結構いるようなのだが(?)それはちょっと違う。
砂漠人はわたしを初めて見たとき、わたしが飢えて痩せすぎていることにいたく同情し、自分がその病気を治してあげようと思ったようなのだ。砂漠人の診断によるわたしの病名はなんと「拒食症」。その痩せっぷりは人間としての最低ラインを割っていると言っていた! 当時は反論したけれど、原因が何であれ食べることをないがしろにした結果、体と心が痩せてしまうのは拒食症と同じ症状だ。食事のかたちがあまりに多様化してしまった社会では、知らないうちにこの種の病気にかかってしまう人も結構いるのだろう。

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ゆえに、栄養たっぷりの手料理を食べて生きている今は、スウェーデン語の学習成果は必ず出ると信じている。いまだに先生の話している内容が理解できないのだけれど…。

チョコレートブラウニー

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先日、IKEAで1枚5クローナの手頃な板チョコを見つけた。いつも作っているチョコレートブラウニーには板チョコをまるごと1枚使っている。生地の上にのせたチョコレートがブラウニーを一層おいしくするので、これは欠かせないのだ。

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板チョコはどう使うかというと、焼き上がった熱々の生地の上に適当な大きさに割って並べ、オーブンの余熱で溶かす。溶けたらチョコレートをヘラで全体にならし、涼しいところに一晩寝かせる。そうして翌日、ブラウニーを食べやすい大きさに切り分ける。

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今回はピーカンナッツとクランベリーが入っている。このお菓子は簡単にできて絶対においしいので、手みやげやお弁当にもオススメなのだ。

チョコレートブラウニーの作り方

(20cm×20cm型)
バター 70g
砂糖 130g
卵 2個
小麦粉 100g
ココア 20g
塩 ひとつまみ
クルミ 適宜
ドライフルーツ 適宜
板チョコレート 1枚

(1)オーブンを190℃に温める。その熱でクルミをローストし、冷めたら粗く刻む。
(2)バターをやわらかく練り、砂糖を加えてさらに練り、卵を加えて生地がふわっと白くなるまで混ぜる。
(3)小麦粉とココアと塩をふるい入れながら、さっくりと混ぜる。クルミも加えて混ぜる。
(4)型に生地を流し込む(クッキングシートを使うと、切り分けるときに便利)。
(5)オーブンで20~30分焼く。中央を刺してみて、生地がなにもつかなければオーブンから取り出す。
(6)焼き上がったら熱いうちに、板チョコレートを適当な大きさに割って生地にのせ、オーブンの余熱で溶かす。
(7)チョコレートが溶けたら均一に伸ばす。涼しいところに一晩置き、手頃な大きさに切り分けてできあがり。

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クルミとドライフルーツをたっぷり入れることで、甘さのバランスがよくなります。

ハナキリン

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小さな赤い花をつけるこの植物、ハナキリンというそうだ。この鉢はまだ背が低いけれど、同じ種類で背丈が50~60cmに伸びているものもあって、それには白い花が咲いている。一年中、一定の温度を保っているせいか、このハナキリンは常に花を咲かせて楽しませてくれるのだ。

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数十個ある鉢植えは、ほとんど窓際に置いて育てている。すべての窓の下には温水が流れる暖房機があって、部屋の温度を常に一定(22~24℃)に保つしくみになっているので、植物にも一年中、安定した気候を保つことができるのだ。スウェーデンの冬は暗くて寒いけれど、家の中は人間も植物も快適に過ごしている。

ところでこのハナキリンは、うちの鉢植えとは比べものにならないくらい、じつに見事な咲きっぷりだった。

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3月にグアム島で撮影したハナキリン

熱帯性気候のグアムはつねに気温が高く、また湿度も高いため植物がよく育つのだが、それにしても同じ植物でここまでの差が出るとは。南の島の生命力と、北国の技術力。でもやはり、太陽と空気と水と土と… 自然の力に軍配が上がるかな。

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ハクセキレイ

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イラストが描きやすそうな白と黒と灰色の小鳥、ハクセキレイ。正面から見ると、黒い前掛けをしているみたい。これは砂漠人のラッキーバードなのだそうだ。散歩道やテニスコート、確かに色々な場面で目の前に現われる。砂漠人が日本に来たときも、公園を歩いていたら近寄ってきた。そして驚くべきことに、イランの砂漠でも見かけたのだった。

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砂漠で羊の群れの中にひょっこり現われたハクセキレイ
(英名White Wagtail/スウェーデン名Sädesärla)

換気について

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スウェーデン語のクラスでは、今日になって初めてテキストブックをもらった。これまでは先生から随時渡されるプリントで練習問題などをこなしていたのだが、このテキストには文法についても書かれている。A4サイズで厚さ2cm、どっしりと重い。
三週間、授業を受けてみて一番感心するのは、先生が常に教室の換気に気を配っていることと、休憩時間を頻繁に、十分に取ること。後者は先生自身が休みたいのかもしれないが(?)、換気については日本では留意されていないことだ。
わたしは大学に勤めていた頃、教室を暗くしてプロジェクタを使う授業が気になって仕方なかった。真っ暗の教室に長時間、大勢で座っている状態が不快だったし、夏はエアコンを使って窓を開けないというのも耐え難いと思っていた。エアコンが空気を清浄しているという人がいるけれど、外から入ってくる新鮮な空気とは比べものにならないだろう。また花粉症に配慮して窓を極力開けないということにも多少の疑問を感じる。
スウェーデン語のクラスで先生が換気にどう配慮しているかというと、たとえばグループになって作業をする際、議論が白熱したりしてクラスの所々で熱気が生じる。すると先生は「ちょっと休憩を取りましょう。休憩に出る前に窓を開けて空気を入れるように」などと指示を出すのだ。一息入れて、生徒は頭をクールダウンして戻ってくるし、教室も酸素が増えて過ごしやすくなる。そのサイクルがわりと短いようだ。スウェーデンでは換気にとても気が使われていると砂漠人に聞いてはいたけれど、学校でもそれが当たり前に行われていることが新鮮だし、自然だと思った。

マイホーム

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中央にすっくと立つリスが見えるだろうか。散歩中に気配を感じてふと見上げると、茂みから細い枝を一心不乱にかき集めているリスが目に入った。じっと観察していたら、ときどき立ち上がってこちらを見たりしている。リスは口の中を満杯にしたと思ったら、今度はスタスタと歩いてヒョイッと木の枝に飛び乗り、あっという間に大きな木の上の方へ登っていった。

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かなり上の方にリスのホームが確認できる。これからはこの木の下にりんごを置いて、餌付けに挑戦したい。

鉢植えの花

クンシランの花が咲いた。砂漠人は数年間この鉢植えを持っていたけれど、花が咲いたのは初めてだそうだ。クンシランは南アフリカ原産の植物で、鮮やかな花の色が気持ちを楽しくさせる。

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もう一つ、めずらしく花が咲いた鉢がある。フクリンチトセランという和名の植物でいくつか鉢があるのだが、すべてに花が咲くとは限らないのだ。それでも花が咲くと、香水のような強い花の香りが部屋中に広がる。英名は sansevieria 'Laurentii' というそうだが、お隣さんに伺ったところ、スウェーデンでは「義母の舌」とかなんとかいうそうなのだ。グロい…。

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スウェーデン語作文の宿題「尊敬する人、好きな人について」

 麻生太郎という日本の現総理大臣について書きたいと思う。最近、日本政府がアフガニスタン政府に三億ドルの支援をすることを決めたというニュースを聞いた。また日本政府は、日本の商船を海賊から守るためにソマリアに軍隊を派遣するということだ。日本は他国を支援できるほど十分に豊かな国のようであり、もしそれが本当だったら、わたしはうれしいし、彼が先導するわたしの祖国を誇りに思う。
 それでは、彼の生い立ちについて少し触れたいと思う。1940年、麻生太郎は日本の貴族の家に生まれた。彼の高祖父である大久保利通は、19世紀の高名な政治家でサムライだった。彼の祖父である吉田茂は、日本の第65代総理大臣だった。彼の妹は、寛仁親王妃である。彼はカトリック信者である。彼は4億円の個人資産を持っている。彼は幼少の頃から学習院という皇族が通う学校に学んだ。学習院大学を卒業後、彼はアメリカとイギリスで数年学んだものの、学位を取得することはなかった。26歳のとき、両親の会社で働き始め、ブラジルで数年を過ごした。また南アフリカでダイアモンドの採掘業にも従事していた。帰国後、33歳のとき、彼は実家のグループ企業である麻生セメント会社の社長となった。36歳のとき、モントリオールオリンピックにクレー射撃の選手として出場し、結果は41位だった。1979年、39歳のとき、衆議院議員選挙に出馬した。選挙では当選し、それ以来1983年を除き、すべての総選挙で当選している。1983年に結婚し、一男一女を設けている。初入閣したのは1996年、56歳のときだった。2001年以降、彼はしばしば内閣の要職に就いている。そしてついに2008年、内閣総理大臣に就任した。
 ところでこの間、わたしはテレビで日本についての報道を見た。それは日本の60歳以上の高齢者についてのものだった。ある記者が、日本の囚人にインタビューをしていて、囚人は「働く機会がなく、食べるものがなかったため、繰り返し罪を犯さざるを得なかった」と答えていた。また日本の第二の都市である大阪では、ホームレスの高齢者がボランティア団体の配給するおにぎりとみそ汁をもらうために、長い列に並んでいた。その人たちもまた住むところがなく、食べるものがなかったのだ。スウェーデンでこの報道を見たときわたしは、世界の中で最も豊かな国のひとつである日本で、麻生太郎という男が率いる自分の祖国で、それほど多くの高齢者がそのように飢えているということを知らされ、腹が立って仕方がなかった。そしてこの総理大臣の日本人としては非常に特別である経歴について、考えざるを得なかった。
 彼の経歴を見る限り、この人物は日本の総理大臣に適任だとはわたしは思わない。国内で実際に飢餓に苦しんでいる高齢者のことを考慮せず、外国に膨大な金額を送っている限りにおいては特にだ。わたしは彼のようなリーダーを持っていることを恥ずかしく思うとともに、この日本の高齢者の貧困についての報道をスウェーデンの人々が見なかったことを願う。
(原文・翻訳 kumoki)

昇天祭

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今日のスウェーデンは Kristi himmel という祝日だった(キリストの昇天祭)。
とはいえ、砂漠人にもわたしにもキリスト教の行事は関係ないので特別な日ではなかったのだが、毎朝8時から始まる学校が休みになったのでとてもうれしい。しかも、なぜか金曜日までおまけで休みなのだ。先生が言うには、スウェーデンでは木曜に祝日があると木金土日と続けて休む人が多いそうで、それは学校が休みになる理由になっていないとわたしは思ったけれど、とにかく月曜まで来なくていいとのこと。
休み前には以前に提出した作文の宿題が返ってきた。課題は「自分の好きな人、尊敬する人について描写すること」というものだったが、わたしは「自分の好きではない人」について長~い作文を書いたのだった。おそらくクラスで一番長い文章を書いたのはわたしだろう。砂漠人に手伝ってもらったものの、スウェーデン語の文法はけっこう間違えていたが 、内容はちょっとおもしろかったはず。英語で書いてそれをスウェーデン語に訳したので、今度は日本語に訳してここで紹介したいと思う。あるカトリック信者の日本人についてです。さて、誰でしょう?

リス = squirrel

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森を散歩中、木によじ登って吠えている犬がいた。飼い主に聞いてみると、小さな動物を見つけたのだという。すぐにそれがリスだと分かったけれど、おそらく飼い主はリスという英単語を知らなかったのだろう。リスは英語で squirrel という。それにしてもスウェーデン人はみんな英語が話せるのだ。スウェーデン語が英語に似ているからではなくて、教育水準が高いからと考えてまちがいない。だから英語が話せれば、スウェーデンでは外国人でも日常生活には何の支障もない。
さて、木の上に逃げたリスはどこにいるだろうとしばらく探してみたところ、やはり枝に縮こまっている姿が確認できた。小さくなったまま、怯えているように見える。まさに小動物だ。

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その後、リスを見失った犬は諦めて、タンポポの咲く広場で飼い主に遊んでもらっていた。

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一難去ったリスも、安心して木の実をほおばっていた。今日のおもな出来事。

palau, palav, palaw

おなじみの料理チェクドゥルマは、パラウとも言う。chekdirma というのは、イランのトルクメンが使っている言葉で、トルクメニスタンやアフガニスタンのトルクメンは同じ料理をパラウと呼ぶそうだ。作り方も少しずつ違うのだろうが、基本は羊肉と米を炊いたものだ。にんじんを入れなかったり、トマトを使ったりと色々な変化があるけれど、今回はかぼちゃを入れるレシピだった。

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フライパンを熱し、肉から油が出たらカボチャを加える。ともによく焼いて焦げ目がつく頃、にんにくやたまねぎも加えて十分に火を通す。

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ずべての材料によく火が通ったら塩・こしょうをし、湯を加えて煮込む。

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フライパンにも湯を入れて、すべての旨味を鍋に移すのを忘れずに。

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ライスと細切りのにんじんを加えて炊く。途中で蓋についた水気を捨てながら、鍋底のライスに焦げ目がつくまで炊く。鍋に鼻を近づけて、お焦げの香りがうっすらしてきたらできあがり。

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この食事はコニャックとともに食べるべし。

キャロットケーキ

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十年以上前のことだが、キャロットケーキをよく焼いていた時期がある。バターではなく植物油を使い、野菜を入れるので健康的な印象が持たれる一品だ。以前使っていたレシピはすっかり忘れてしまったので、今回は新しいレシピを試してみた。材料の分量が安定したら、レシピを公開したいと思っている。うちではお茶の時間にアイスクリームの友としてケーキやクッキーを食べるため、キャロットケーキに定番のチーズクリームは省略。

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将来、砂漠で生活したとしても作ることのできるレシピを集めている。条件は、材料がどこでも手に入る自然なものであることだ。バターとか、にんじんとか。わたしは几帳面にレシピを A4 の紙にレイアウトしてファイルしているのだが、砂漠人は頭の中に書いているらしい。

森の野草

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森には色々な花が生えているようで、日本ほど種類が多くないようでもある。地味で小さい花たちだが、散歩の大きな楽しみになる。

共同体

スウェーデン語のクラスは、初歩的な内容を学んでいるとはいえ、難しい。文法、読む、聞く、話す、書く…すべての能力を順番に試すような課題が続くので、どれか一つが理解できたくらいでは安心していられないのだ。クラス分けはレベルによってなされているので、クラスメイトは母国で学位を取っている人がほとんどだろうと思う。それでもすでに理解度には幅が出ているようだ。わたしはまだ慣れないせいか授業の内容に大きな負担を感じるが、それとは別にクラスメイトや先生の言動を観察するのはとても興味深い。
三週間遅れて参加したわたしより4日後に入ってきたクラスメイトは、バングラデシュ出身の女性で、初日から「分からない、初めてだから分からない」と英語で不満ばかり言っていた。わたしもまったく同感だったけれど、その翌日簡単なテストが始まろうとしたとき、わたしのノートを見るや「あなたはたくさん勉強したものね(テストは簡単よね)」と言ってきたのだ。わたしはとっさに「ええもちろん。自分で勉強しましたから」と返してしまった。やってしまった。あまりに大人気ないやりとりだ…。一方で彼女の隣に座っていたブルガリア人の男性が、彼女の分からないところを穏やかに説明してあげているのが見えた。
その後も彼女は授業に集中せず不満ばかり言っていたが、あるとき、よくできるクラスメイトが彼女とペアを組んで勉強することになった。先生が優秀なその学生を教室の外に呼び出して話をした後にそうなったのだから、先生の常套手段なのかもしれない。よく理解できている学生が他の学生を教えれば、できない学生も追いつけるし、教えた学生はさらに身につく。先生は何度も同じことを教えなくてよい(?)。日本では見たことのない方法だが、砂漠人に話したところ、ここでは共同体として働く(学ぶ)ことが常になっているのだと言う。賢いと思った。
そういえばわたしがクラスに入った日も「今までの勉強はクラスメイトに聞くように」と先生に助言されたのを思い出す。何人かは部分的に教えてくれたが、どうも慣れないわたしは自ら聞くことはなかった。そんなとき、日本人のクラスメイトがこれまで学んだ要点をなんと別紙にまとめてきてくれたのだ。こんな親切は日本人しかしてくれないだろうと最初は思ったのだが、どうだろう。彼女の人柄かもしれない。

ルーチン

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飛ぶように過ぎた一週間。午前中は学校、午後はテニスをして遊び、帰宅したら食事、寝る… というルーチンで時間の経つのが早いこと早いこと。
テニスの後、森の中を歩いて帰ってくる途中にご近所一家に会うのも日課になってきた。2歳の長男君がいつもからかってばかりいる砂漠人になついてきている。

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プラムのシロップ漬け

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去年、プラムが出回る8月にジャムをたくさん作った。そしてジャム作りに飽きてきた頃、あんずのシロップ漬けと同じ要領でプラムも浸けてみたのだが、これが思いがけず大成功だった。最近はソーダで割って飲む方法がやみつきになっている。
作り方はプラムをよく洗って瓶に詰め、1対1の割合で煮立てた水と砂糖のシロップを流し込む。そのまま煮沸殺菌して冷暗所に保存したら、9ヶ月目でも色や風味には何の問題もなかった。
今年はウォッカを入れるレシピで作ってみよう。

もてなす、楽しませる

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わたしが学校に通い始めて以来、夕食の支度はすべて砂漠人がやってくれる(以前もほぼそうだったけど)。これほどすばらしい夫はなかなかいないはず…と日本人なら思いそうなところだが、クラスで聞いたところによると、スウェーデン人の夫は多かれ少なかれ料理をするそうなのだ。日本人のクラスメイトは、ご主人が焼いたパンを持ってきて食べていた。
それでも総合的なエンターテインメントで砂漠人に勝る人はなかなかいないだろう。桜の花やら何やら、枝ごともいできたりする。

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長い冬を越えて、ようやく野菜にも味と香りが戻って来たようだ。

学校でスウェーデン語を学ぶ

わたしが通い始めたスウェーデン語のクラスは、成人の移民のための教育システムの一環だ。このシステムにおいては、スウェーデンで生活する移民の誰もがスウェーデン語が習得できるように、文盲の人から学位を持っている人まで、能力に応じたさまざまなコースが設けられている。
わたしは日本を転出してスウェーデンに引越した後、まずは税務署に申請して「個人番号」をもらった。この個人番号をもらうことで正式にスウェーデン社会に登録されたことになるそうだ。税務署では移民局から下りた滞在許可を見せたり、いくつか質問を受けたりした。質問の内容は、「スウェーデンになぜ来たのか」「スウェーデンで何をしたいか」などなど。税務署がこの仕事を扱っているというのが意外だったが、住民登録において税務署が重要な役割を果たしていることだけは理解できた。
後日、さっそく個人番号を持って SFI(移民のためのスウェーデン語教育)という事務所に出かけ、その場で先生との面接で自分の学歴や経歴を話して将来の進路を相談し、通うコースを決めた。面接は先生が英語で話してくれたが、言葉がわからない人には通訳をつけることができるそうだ。その場合の通訳の費用も、国が負担している。
自分が進みたいコースは決めたものの、実際どのクラスに入れるかは事務所の采配次第なので、連絡を待つように言われた。いつ頃連絡が来るのかと聞いたら、今から8月までの間とのことだったが、実際は一週間も経たないうちに通知が来て、授業を受けられるようになった。このクラスは三週間前に始まったそうで、わたしは少しだけ出遅れたようだったが、昨日はさらに新しく三人も入ってきたので、流動性が高いようだ。定員は25人くらいと決まっているので、クラスをやめた人が出た場合、すぐに補充するのかもしれない。なにしろこの学校にかかる費用もすべて国が負担しているのだから、無駄にはできないのだろう。
クラスメイトは国籍がバラバラで、確かめた人だけでもなんと19ヶ国から来ていた。アメリカ、ブラジル、イギリス、スペイン、ポルトガル、フランス、イタリア、アルメニア、ブルガリア、クロアチア、マケドニア、カメルーン、南アフリカ、インド、バングラデシュ、イラン、イラク、中国、日本…まるで国連のようだ。ほとんどが異なる国の出身である中で、日本人がもう一人いたのは驚きだった。
一日4時間の授業で、間に30分くらいの休憩が一回入る。先生はスウェーデン人女性で基本的に授業はスウェーデン語で行われるが、ほとんどのクラスメイトが英語を話すのでときどき英語で解説してくれる。

わたしはここ二年近く仕事も学校もない自由な生活をしていたので、4日間学校に通っただけで相当くたびれてしまい、今朝は10時間も眠ってしまった。それでも二年の間かなり強力に充電したのだから、よい成績で卒業できるに違いない…。

春!

Ja har börjat skolan på svenska!
スウェーデン語の学校が始まり、突然、慌ただしい日々が始まった。家のまわりは花が咲き乱れ、やたらにまぶしい季節だ。

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イエテボリの街

イエテボリは小さな街なので、中心部はほとんどの場所は徒歩で回ることができる。

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背景に見えるのは市庁舎(Rådhus)。

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ヨータ川(Göta älv)と合流する水路には遊覧船がある。

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大通りの突き当たりにあるヨータ広場(Götaplatsen)は、美術館、劇場、コンサートホールなどに囲まれる。海の神ポセイドン像の噴水がある街の象徴的な場所だ。

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広場から大通り(Kungsportsavenyn)を眺める。

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大通りには店やレストランが並んでいる(かなり控えめに)。

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大通りの両脇に広がる庭園協会公園(Trädgårdsföreningens Park)沿いの小道。

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街中はトラムが忙しく行き交っている。大きな音がしないので、気をつけないと轢かれそうだ。

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街中でも川沿いや公園の芝生に座って日光浴するのが、スウェーデン人らしい過ごし方のようだ。もちろん中央駅の近くには大きなショッピングセンター(Nordstarn)もある。

フォシュタ・マイ

スウェーデンの5月1日は första maj (May 1st)という祝日で、労働者が団結して権利要求を行う日だそうだ。イエテボリの街でもデモ行進と演説集会が行われるというので、様子を見に行ってきた。ところがどうもアイスを食べながら日向ぼっこをしているうちに、主な政党のデモ行進を見逃してしまったようなのだ。それでもいくつかのデモ隊がプラカードを掲げて主張しているのは見届けることができた。たとえば「地下鉄を整備しろ!」「自由、愛、デモクラシー」「イスラエルをボイコットしよう」「電磁波の放射に反対!」などなど。スウェーデンではこういう小さな団体の運動から、議会で議席を持つ政党に発展することがあるそうだ。それは当たり前のようでいて、驚くべきことだと思った。

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デモ行進の後は演説集会があったようで、各所に人だかりができていた。わたしはまだ言葉を覚えていないので、目で見ているだけでは街でなにが起こっているのか把握できず、とても困る。

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天気に恵まれたこの日、労働者たちは有意義なデモンストレーションができただろうか。砂漠人はその昔の自分の姿と重ね合わせながら、人々の活動を見守っていたようだった。トルコからスウェーデンに来て政治運動に参加したとき、スウェーデンのそれがあまりに平和的なものだったことに驚いたそうだ。そして今は「デモというのは結局、若い人たちの溢れるパワーを主張するためのものなのだ…」とジジくさいことを言っている。

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