2009-07

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夏の終わり

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また、どんよりとした曇りの日だった。ヨーテボリの夏はもう終わったのかもしれない。夏休み前にスウェーデン人の先生が「短い夏を楽しんで!」というようなことを言っていたが、それは本当だ。今年の夏は、いや今年の夏も、暑い日が続いたのはたったの二週間弱で、その後はまったく冴えない天気だった。

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北海道ではアジサイとヒマワリとコスモスが一緒に咲いている…と母が言っていたような気がするが、ここでも夏の終わりにあじさいが満開です。

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トマト

DSC_0003_20090727041205.jpgトマトソース

DSC_0004_20090727041234.jpgトマトピュレ

DSC_0010_20090727041258.jpgトマトジャム

今週は、トマトウィークだ。
おそらく史上最多量のトマトを買っただろう。すでに熟れたり部分的に痛んだトマトを使ってトマトソース、トマトピューレ、そしてトマトジャムまで作った。これらはすべて冷凍保存用だ。だから今週、料理に使うための残ったトマトはたったのこれだけ↓

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足りるだろうか…。

トキワツユクサ

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花瓶に挿した観葉植物に、また新しい花が咲いた。これは、トキワツユクサ(英名は Small-leaf spiderwort)というそうだ。去年、お隣さんに茎を数本いただいたので、それを鉢に植え替えて育てていたのだが、全体的に弱ってきたので先月、元気のある数本だけを水栽培に切り替えた。そうしたら開花したのだ。同じ花瓶に入れた別のツユクサ科の植物も少し前に花をつけたし、不思議なものだ。

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土砂降りグリル

子牛の腎臓グリルは、けっこういい味がしていた。前日に、にんにく・しょうが・たまねぎをすりおろしたものに塩、こしょう、クミン、ターメリック、豆板醤などでスパイスしたタレに漬け込んでおいたのでその風味がしたけれど、肉そのものの味は正直言ってよく分からなかった。内蔵というのはどれもそんなものだと思うのだが、どうだろう? 食感は砂肝よりはやわらかく、レバーよりは弾力があり、特に臭みはなかった。焼きたての熱々を食べたのでもちろんおいしかったし、これはまた食べたいと思った。
腎臓はともかく、せっかくのグリルが期待はずれだった。学校の日本人クラスメイトとそのご主人を招待したのだが、その日は朝から雨が降ってしまったのだ。お昼に集まってしばらく様子を見たけれど雨の止む気配はなく、仕方がないので台所のオーブンでグリルしようかと思っていたところ、砂漠人とご主人が庭でグリルすることに決まった。もちろん、炭火のグリルとオーブンでは味がまったく違うことは分かっているけれど、土砂降りの雨の中では大変だ。12月の冷たい雨の下でもやったことがあるからよく分かる。今回、わたしは遠慮願いたい。おそらく、砂漠人がどうする? と誘いをかけたので、若いご主人が「おう!」と言わざるを得なかったのだろう。そしてスウェーデン男は砂漠人に負けない野性味を見せてくれた。ただ、あれだけ用意した子牛の腎臓にわたしたちが 2~3切れしかありつけなかったのは、男二人で焼きながらほとんど食べてしまったに違いなく…。

子牛の腎臓

明日はひさしぶりに野外グリルの予定なので、準備に取りかかる。グリルの準備は主に肉の解凍と処理だ。今回はスパイスに漬け込まれた市販のBBQ肉を解凍し、もう一つ、ある種の内蔵を自家製のタレに漬け込んだ。これは子羊の頭と同じときに買った内蔵で、砂漠人は初め kidney(腎臓)だと言っていた。腎臓を食べるとは聞いたことがなかったので「日本ではこれは食べない」と言ったら、砂漠人は「そんなはずはない、日本でこれと同じものを食べた」と言うのだ。そうしたら、焼き鳥屋で食べたあれのことだろう。レバーのように見えて肉はかなり硬めの「砂肝」に違いない。そういうことで決着が着いていたのだが、今になって食材事典を開いたら、なんと、これはやはり腎臓だということが分かった。さっき捌いた内蔵と「子牛の腎臓」のイラストがまったく同じだったのだ。

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全くこういう形をしていた。それをにんにく、生姜、たまねぎ、その他のスパイスに漬け込んでおいたのを、砂漠人がグリル用に捌いてくれた。要は、火が通りやすいように切り開いて平らにしたのだ。

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腎臓と言えば、泌尿器だ。支度をしている段階では臭いということはなかったけれど、一体どんな味がするんだろう。砂肝のように食感がいいのだろうか。フランスには Rognons de bœuf(牛の腎臓)という家庭料理があるらしいが…。

余談だが、砂肝は肝臓ではなくて、胃の一部なのだということを初めて知った。その厚い胃壁で動物が飲み込んだ砂礫を砕く役割をしているのだそうだ。へえー

モンゴルの草原で眠るような話

広島にあるパン屋さんが書いているブログを紹介したい。
いつこのブログを見つけたのか忘れてしまったけれど、生まれて初めて砂漠に行って帰ってきたわたしにとって、似たようなモンゴルの草原で過ごした経験を綴った mon-geruさん(タムラさん)の記事は、自分のど真ん中に響く内容だった。ご本人が書いている別のブログもリンクにあるのだが、彼の記事は文章もイラストも平易なようでいて、よほどアーティスティックだ。一度読めば、そのタムラ・ワールドにぐんと引き込まれることだろう。パン屋さんとしてもかなりのやり手のようで、来月は一ヶ月店を閉めてフランスに旅と学びに出かけるそうだ。

モンゴルの草原で眠るような話:http://mongeru.exblog.jp/

砂漠人は「日本にこんなに賢い人がいたのか!」と感心している。

刺し子のショルダー

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A4のノートが一冊入るくらいの大きさのショルダーバッグを作った。リバーシブルなので裏返しにしても使えるけれど、裏地も同じ生地で縫ったので、刺繍があるかないかの違いだ。これは「立涌」という伝統文様だそうだ。
今回はプリント生地に刺し子をすることを試したのだが、期待どおりに仕上がらなかった。薄手の生地に刺したので、生地全体にシワがよってしまったのだ。本当は、全面に縦線の刺し子を入れるインドの刺し子のようなものを作りたかったのだけれど、やってみたら生地が縮むほどシワシワになってしまったので、やむなく変更。それでも多少シワがよっている。

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こういう感じでひたすら刺してある、カラフルなクッションカバーを街のショウウィンドウで見かけた。とてもかわいかったので、同じテクニックで日本風の渋いやつを作ろうと思いついたのだ。でも刺し子というのは、「すてき」と「貧乏くさい」が紙一重であるような気がする。貧相に見えるのだけは避けたいものだ。

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残念ながら、裏返しにして使った方がすてきかもしれない。

さくらんぼ

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たくさんなっている森の中のサクランボ。今年は粒がとても大きいようだ。でも高いところにあるので採ることができず、もどかしい! 手の届くところにあるのは、小さくてまだ熟していない実ばかりだ。甘酸っぱくておいしいけれど。

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ビルベリー丼

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ビルベリー(ブルーベリー)の茂みは森中に広がっているのに、どこも人が入って根こそぎ摘み取っていった形跡がある。毎年のことだけれど、その摘み方がプロっぽいのだ。それでもなんとか、おこぼれを集めて8月に来るお客さんのために冷凍しておいた。一緒にアイスクリームを食べるのが楽しみだ。森ではそろそろビルベリーのピークは過ぎて、チェリーとラズベリーが赤く、大きくなってきている。

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今週は果物やハーブをたくさん買うことができた。二週間ほど続いた晴天のおかげだろうか、ネクタリン、あんず、梨、メロン、スイカ、どれもが甘い。これでようやく我が家の夏が始まったといったところ。
「こんなに食べて、食べ過ぎじゃないのか?」というのが平均的な日本人の感想だと思う。スウェーデン人でも同じだろう。でも砂漠人は、旬というのは短い期間だからそのあいだにできる限り食べるべきだと言う。そうやって、自然な体を作っていくのだ。一年中、同じ食材を同じ分量だけ食べているわけではないのです。

オーブンでグリル

庭でグリルができる日を待っていたら、一週間が過ぎてしまった。先週のイエテボリは雷に始まり雨が降る日が多く、家の中でもフリースを着るほど肌寒かった。
冷蔵庫の中ではトマト、ズッキーニ、なすがグリルされるのをずっと待っている。仕方なく、台所のオーブンでグリルをすることにした。最初は大きな耐熱ガラス2枚に肉や野菜を入れて焼き始めたのだが、途中からその全部を天板に並べることを思いついた。そして焼き上がりはこのとおり。

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野外のグリルにはかなわないけれど、これはこれで悪くないのだ。どの野菜も軽く塩をふっただけなのに、味が濃い。ズッキーニなどは、食べながらよだれが出るくらいの旨みがある。でもやはり理想の食卓は、空気のきれいな所に住んで、採れたての野菜をそのまま庭でグリルして食べる、そんな食事だろう。

刺し子の手さげ

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表も裏も同じ生地で小さな手さげを作る。表地には「網目」と呼ばれる曲線模様を刺した。前回よりは少し大きめの刺し子に挑戦したのですが、どうでしょう? なぜかおいしそうに見える気がする。

電子機器について

先日、夜中にひどい雷があって、自宅のインターネットが使えなくなってしまった。原因は、激しい雷雨の最中にわたしがパソコンを使っていたため、高圧の電流が侵入してルータが壊れた可能性が高い。電子機器は、落雷によって自宅のコンセントなどから高圧電流が入り込んで、故障するのだそうだ。だから雷のあるときは、電気のコンセントや電話線を壁から抜いておくべきなのだそうだが、恥ずかしながら、わたしはそれを知らなかった。電話会社はとりあえず新しいルータを送ってくれるとのことだが、届くまでは電話も使えない状況だ。
もう一つ、自宅で使っているインクジェットプリンタが壊れた。これは、メーカーのものではないインクを注入して使っていたために壊れた可能性が高い。もちろんそういう場合、修理はしてもらえないのでプリンタ本体を捨てるしかない。インクジェットプリンタを15年も使ってきて、インクを自分でタンクに補充して使ったのは今回が初めてだった。もちろん、インク代を節約しようと思って試してみたのだが、こんなにあっけなく壊れるのなら、どうしてあんなにたくさんの補充用インクが売られているのだろう。またプリンタを使っている人は、必ず高価なメーカー純正のインクを買っているのだろうか。不可解だ。
電子機器というのはとてもセンシティヴな代物で、その取り扱いにはいつまで経っても苦労させられている。パソコン、プリンタ、携帯電話、コンピュータミシンなどなど、どれも使うからには限りなくお金をつぎ込むしくみになっている。この煩わしいしくみからいつか自由になりたいと思うのだが…。

子羊の頭のスープ

ついにその日がやってきた。子羊の頭を煮込んだスープを食べる日だ。
以前にスウェーデンで一度だけ、作ってもらったことがあるこのスープは、子羊の頭を丸ごと煮込んで、野菜はシンプルにたまねぎとにんにくなどを入れる。今回は頭だけでなく、胃も一緒に煮込んでいた。

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圧力鍋でぐらぐらと煮込むのだが、その香りにはかなり癖がある。今日はその香りを嗅ぎながら、人食い人種の料理について妄想してしまったほどだ。砂漠人は新鮮な頭だったらあまり変な香りはしないと言っていたが… 自分で確かめるまでは納得できない。砂漠人は煮込んだ頭から、骨以外の部分をほぐしていた。骨を開くと脳が現われた。胃の内側についているひだはこそげ落として、皮をスープに入れる。

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なぜこのスープを食べるのかというと、体に必要な細菌を摂取するためなのだそうだ。ある種、体をリセットするための食事なのだとか。わたしはお茶碗に二杯だけ飲んだけれど、前回よりは、抵抗が少なくなったように感じた。慣れたのだろうか。

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前回は読者に配慮して載せなかったけれど、今回は出血大サービス! これが子羊の頭と胃です。イエテボリではイスラムの肉屋で買うことができる。

ベランダで寝る

暑い日が二週間くらい続いただろうか。スウェーデンで安定した晴天が続くのは非常に珍しいことなのだ。ところがついに今朝、ひと雨降って、空気の様子ががらりと変わった。それは花粉アレルギーの症状がほとんどなくなったことでもよく分かる。
雨が降った後の森の空気は、また格段に清々しい。少しくらい体の調子が悪くても、森を歩けばすぐに治ってしまうものなのだ。あらゆる生物が混沌としている様を見ながら歩き、深呼吸をすれば、体の隅々まで酸素が送りこまれて途端に具合がよくなってくる。都市生活では自分で工夫しない限り、本当の空気や水や土に触れることはないけれど、人間は誰でも自然の中にその身を置いて、自分の生命力を取り戻す習慣が必要だと思う。複雑な精神状態などは、それだけで簡単にリセットすることができる。
このところ、夜はベランダで寝るようになった。森林の中ほどではないが、たとえベランダでもその空気の清々しさは家の中とは比べものにならない。部屋の中は電化製品の使用によって不自然な磁場が形成されていたり、化学繊維などが舞っていたり、目には見えないけれど自然とはほど遠い環境にある。最初に「ベランダで寝る」と砂漠人が言ったときは驚いたけれど、その効能はすぐに想像できたので、いそいそと寝具を持ち出した。以来、毎晩ベランダで眠っているけれど、なんと気持ちがいいんだろう! 呼吸したときの空気の感じ方がまるで違っている。自分の呼吸の心地よさで眠りについてしまうほどだ。
砂漠人の暮らしについてのイメージは、何をおいてもまず広大な砂漠という環境なのだろう。そして住まいの理想はユルタだろう。砂漠の空気、音、景色、どれをとっても生命力の源になるものだ。イランの砂漠に行かなくても、それらの環境的要因に気をつけていれば、少しはましなナチュラルライフを送ることができる。

じゃがいも

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新じゃがです。青梅ではなく…

薄い皮をむいたら果肉が緑色をしていた。じゃがいもの芽と緑色には毒があったような気がしてむきながらずっと考えていたのだが、結局思い出せずインターネットに頼る。やはり、緑色の部分は食べない方がいいようだ。仕方なく果肉部分をさらに分厚くむいて食べたけれど、味にはなんの問題もなかった。おいしかった!
なぜ緑色になったかというと、先週市場で買ったじゃがいもをベランダに干しておいたのだ。いつもは冷蔵庫に入れているのに、連日天気がいいので無意識に、無意味な行動を取ってしまった。じゃがいもは、光を浴びると光合成をして芽が出たり緑色になったりするそうだ。だから保存は、暗くて風通しのいい場所がよい。基本中の基本、まだ分かってないようで…。

心はパープル

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今朝、こんな花が咲いた。Purple heart というツユクサ科の植物で、以前から鉢植えで育てていたのだが、あまりに成長が著しいので伸びた茎を切って花瓶に入れておいた。そうしたら花をつけたのだ。何十個もある鉢植えの中に、まだ花を見たことのないものがいくつもある。何年も咲かなかったのに突然開花するものもあるので、その意外性に感激することしばしばだ。

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奥の紫色の鉢植えは、昨日リリにいただいたもの。名前は知らないけれど、食卓にパープルのコレクションが増えた。
今日はラッキーなことがもう一つ。散歩の帰り、家の前の小道から子鹿が見えたのだ。あまりの暑さに水を求めて森から出てきたのかな。シカ、ウサギ、リスなどの野生動物は、出会えただけでなぜか元気が沸いてくる。

上海出身的同学

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上海出身の級友リリから連絡があって、うちでグリルをすることになった。彼女のフィアンセは船長さんなので、彼の航海中、彼女は一人暮らしになるそうなのだ。たまに一人暮らしになるのは悪くないけれど、外国で毎日ご飯を一人で食べるのはつまらないだろう。イエテボリはやたらに晴天が続いているし、とてもいい機会だった。グリルの前に森を少し散歩したのだが、炸裂する花粉のためわたしの右目は腫れ上がってしまい、顔がマイケルだとかスリラーだとか言いながら、楽しいひとときを過ごした。
スウェーデン語のクラスには色々な国籍の人がいるけれど、わたしは中国人のリリと日本人の二人に特に親近感を持っている。理屈抜きに、一緒にいるときのリラックス感が欧米人とは違うからだ。二人とも自分よりだいぶ年下なので、わたしは彼女たちを妹だと思うようにしている(勝手に)。

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グリルはもちろん、砂漠人が全力で作業してくれて、リリとわたしはおしゃべりと日光浴に興じていた。本当にめずらしく強い日差しの日が続いていて、人々は半裸で日光浴をしている。猫はベンチの下で涼んでいた。

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いつもどおり、部屋に戻って食卓を囲む。彼女がリリです。

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