chekdirma (palaw)

今日はトルクメンの代表的な料理チェクドゥルマ(パラウ)を作る。イランから持ち帰った子羊の肉もいよいよ最後となったが、両親にも食べさせることができてよかった。もっとも、彼らは食材の質について砂漠人のようなこだわりはないので、それをどれだけありがたく思ったかは全くの未知数だ。
砂漠人は、自然の食物を摂ることがいかに大切かを両親に説明しようとしている。市場で買ってきた完熟の果物の香りを嗅いで「アロマがある」といい、プラスティック入りの日本の水ようかんを嗅いで「アロマはない」という。果糖と砂糖の分子構造は違っていて、その効能も違うのだと説明してみる。
一方、わたしの父は「糖は糖だよ。砂漠人はアロマ狂だなあ」と言って相手にしない。砂漠人の豪快な食卓に「多過ぎる。食べ過ぎ!」と繰り返している。ひょっとして、このブログを見ている人の中にも父と同じように感じている人が多くいるのだろうか。
平均的な日本人の食事の量からすれば、砂漠人のスケールは大きいのかもしれない。けれど、わたしはこれを食べ過ぎだと思ったことは一度もない。なぜなら、自分自身が数年間この食生活を続けていて、パワーは蓄えても脂肪を蓄えることはなかったからだ。
少なく食べて太っていないとしても、パワーもない。残念ながら、それが平均的な日本人の姿じゃないだろうか。わたしはそう考えている。今自分が身を置いている快適な環境を離れたらたちまち弱ってしまうような、サバイバル力が大きく欠けた人間になってしまっていないだろうか。そしてもしそうならば、それは食事を含む生活スタイルに原因があるはずだ。

両親は毎日「食べ過ぎ!」と言いつつも、胃腸の調子もよくサバイバルしているようだが、どういうことだろう? おまけに快眠ときている。
