両親とグリル

晴天ときたら、うちではグリルです。両親が来てから二度目のグリルなので、朝のうち父は「またやるのか!」と言っていました。ところが始める段になると、まだ誰も外に出ていないというのに、一人で薪を集めるほど意欲的に動き出しました。ひとしきり薪が集まると、そよ風の吹く木陰で涼むほどの余裕も見せるほど。一方、母はグリル広場のベンチに座って、焚付け用の広告紙などを眺めたりしています。

大勢でグリルをするときに観察していると、男性は常に「次に何をするべきか?」を考えながら行動し、女性はいかにその場を楽しむかを本能的に実行しているように思えます。人にもよりますが、そんな傾向があるような気がしてなりません。

うちに男性ゲストが来ることは稀なので、いつもは砂漠人が一人で火を熾して料理するのですが、今回は父がどんどん作業を進めました。
薪を一定の長さに折ったりするところが几帳面です。そして「砂漠人が拾ってきた枝はほとんど腐っているな」などと枝の質についての批評も入れながら。それでも今回は、両親が焼き上がった野菜の焦げた皮の部分をせっせと剥いたり、ゴミの始末をスマートにしてくれたので、いつもの慌ただしい砂漠人風のグリルより洗練された作業工程でした。お皿に盛ったグリルもいつもと色が違い、焦げていない。


グリルなどやり方を知らないだろうと思っていた両親が、やたらに手際がいいので少し驚き、見直しました。でもわたしが子供の頃、両親が企画してバーベキューやキャンプに連れて行ってくれたことは一度もないと思うのです。
