2010-01

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誕生日

ついに迎えた誕生日。
今日のメニューはいつもどおり、スープだった。しかも、今日の当番はわたし。

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誕生日には家族や友人から連絡をもらい、砂漠人に大事にされ、簡素で楽しい毎日を過ごしている。これ以上の幸せはないと思う。

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前夜祭

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日本から小包が届いた。去年、ヨーテボリに遊びに来た友人が送ってくれたのだ。おそらく友人はわたしの誕生日を知らないけれど、いいタイミングでサプライズのプレゼントになった。
前夜祭ということで(?)砂漠人はポテトサラダを作ってくれた。ポテト、ハム、たまご、にんじん、ピクルスなど七種類が入っている。砂漠人と暮らす限り、食べるのに困ることは絶対にないのだ。

メッセンジャー?

ひとりで遅い朝食を食べていたら、窓の外に気配を感じた。リスだ! 最近は地面が凍っているので森での散歩ができず、リスを見かけることもなかったのだ。こんな近くまで降りてきたということは、エサがないのだろうか。かなりの速さで斜面を駆け抜けていたが、雪が積もっているのでその姿はよく見えた。

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急いでカメラを取り、レンズを換えたときにはもう遠くに走り去っていたけれど

砂漠人は、リスが何かの知らせを運んでくると言う。誰かが結婚するんじゃないかなどと色々考えたあげく、「あ、分かった。エサがない… エサをくれと言ってるんだ」と前説をあっさり翻していた。それならわたしでも想像ついてたよ!

しばらくして、窓の外にまた不思議な景色を見た。どてららしき服を着た男が、森につづく斜面の岩の上に、なにかを置いているようだ。

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あ、目が合った!

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男は逃げて行った、、、

リスがまた戻ってくるといいなあ。

chekdirma (palau)

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誕生日の前前夜祭ということで、砂漠人がなじみのチェクディルマをたくさん作ってくれた。砂漠人は一生これを食べ続けても飽きないそうだ。羊肉には他の何にも代え難い、独特のおいしさがある。

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私の台所

沢村貞子『私の台所』という本を何度も読み返している。じつはこの本、ヨーテボリの市立図書館で借りているものなのだ。市立図書館には日本語の本がほんの少し置いてある。それらの背表紙を眺めてみれば、おそらく日本人からの寄付で集めたものだろうと思われるが、数十冊の中でも興味をそそられたのはこの本だけだった。
沢村貞子は明治生まれの有名な女優だが、わたしは彼女の出演する芝居もドラマも見たことがないと思う。このエッセイには、共働きの奥さんとしての家事の仕方や楽しみ方が書かれていた。彼女の暮らし方は簡素でありながら、豊かで優れている。そのまめまめしい働きぶりには恐れ入ってしまうけれど。読む度に「うわ、ちゃんとしなきゃ!」と思わされるのだ。

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さて、現実のわたしの台所はというと、今晩はヨーグルトとカリン飴づくりに終止した。ヨーグルトは毎日食卓に出すので、一度に2リットルくらい作っている。
先週、箱で買ったカリンの質がどうもよくなかったようなので、ジャムにした残りは全部煮て、飴にすることにした。

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カリンは同量の水と煮ると、その水がトロトロになる。カリンを除いたそのトロトロに砂糖を足して、混ぜながらさらに煮る。これでカリン飴のできあがり。カリン飴はなめらかで香りがよく、紅茶に入れるとグンとおいしくなる。のどの調子が悪いときは、そのままなめると効果的だ。これは本当におすすめです。

ピザ

ようやくピザを焼く日がやってきた。砂漠人が風邪をひいていたので延期しようと思っていたら、「マッシュルームが新鮮なうちに」と本人が強行してくれた。

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具材は愚妻が用意して、

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生地は砂漠人の担当。

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電気のピザオーブンと台所のオーブンを併用して、次々と焼くのも砂漠人の担当。風邪のせいか、今回は手元が少し狂っていたようだ。

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それでも16枚を焼き上げました。

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チェリモヤ cherimoya

チェリモヤは熱帯、亜熱帯地方に生育する果物で、アメリカ(カルフォルニア州)、チリ、メキシコ、ペルー、エクアドル、スペイン、イスラエル、オーストラリアなど多くの国で栽培されているそうだ。
手のひらに乗るくらいの大きさなので、数枚にスライスして食べた。パイナップルのような繊維質と、洋梨の風味を合わせたような食感だ。酸味はまったくないけれど、ものすごく甘いというわけでもない。香りがいいと事典には書いてあるのだが、あいにく二人とも風邪で嗅覚が劣っていたのでよく分からなかった。コーヒー豆のような種が、一つの果実に37個も入っていたのは驚きだ。

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Chrimoya grows in many countries of tropical regions such as California in USA, Chile, Mexico, Peru, Ecuador, Spain, Israel or Australia.
The texture is fibrous like a pineapple but the flavour is more like a pear. It's not sour at all but not that sweet either. We couldn't smell a thing because we both had a cold... although it says it has a great scent in a food encyclopedia. It was a little surprising to find 37 seeds in one fruit!

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日本では聞いたこともない果物を体験できるのは、ヨーテボリのいいところだ。
What I like about Gothenburg is that we can find some fruits which I've never seen in Japan.

花梨ジャム quince jam

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ピンク色のはいつものかりんジャム
The pink ones are plain quince jam


花梨ジャムを二種類作った。色の黄色い方は、花梨とりんごとバニラのジャムだ。作り方は、まず花梨とりんごの皮をむき、芯を除いて、果肉をスライスする。次に少量の水とレモン汁とともに果肉を鍋に入れて煮る。このとき、とろみを増すために、ペクチンを多く含む芯の部分もティーバッグに入れて鍋に放り込む。中火で煮て果肉が柔らかくなったら、一度裏ごしする。それを砂糖とバニラビーンズと一緒に鍋に入れて、中火で煮る。好きな煮詰め具合になったら火を止めて、殺菌したガラス瓶に詰める。このジャムは、甘いバニラの香りと果物の甘酸っぱさがよく調和している。
I've boiled two different kinds of quince jam. The yellowish one is from quince, apple and vanilla. First prepare the quince and the apple by peeling the skin, working around the core and slice them. Then put them in a pan with some water and lemon juice. Don't forget to put the core inside a tea bag and add it to a pan, because that will help to thicken the jam. When the flesh is soft enough, take them out and puree by using a sieve. Put them back in the pan with sugar and vanilla beans and cook over a medium heat. When it's thick enough, it's done. Mild scent of vanilla and the sweet-and-sour fruits goes very well together.

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三本のジャムを煮ても、使った花梨はたったの5個だ。残りの花梨でなにをしようか。
I've only used five of them to make three bottles. Still so many left to go!

市場 Market

二週間ぶりに市場で買い出しができた。じつは先週も行ったのだけれど、青果市場は開かれていなかったのだ。おそらく、あまりの寒さで青果が凍ってしまうからだろうと思う。一週間、野菜や果物がないだけで、どれだけ落胆して過ごしたことだろう。もちろん代わりにスーパーで買物をするのだけれど、青果の品質は市場のものとは比べものにならない。食べれば分かる。
We've been to the Kvibergs marknad after two weeks. In fact, we've been there last week as well but the vegetable and fruit shop was closed for some reason. I guess it was because of the temperature, which could make the vegetables and fruits frozen. You can't imagine how disappointed we were during the whole week just because we missed to buy from them. We did buy vegetables and fruits from local supermarket instead but the quality is just different.

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さすがに冬のあいだは安く手に入る青果が限られてくる。今週はマッシュルームをたくさん買ったので、ピザを焼く予定だ。
In winter time, not much is available with reasonable price. Still, we've got a lot of mushroom today, preparing to bake pizza.

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よく熟れたブラジル産のパパイヤも今週の目玉。スプーンですくって食べたらあっという間に終わってしまった。
Fully ripened papaya from Brazil was this week's special as well. It was very refreshing and we could finish them in five minutes.

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そして今日は、珍しい果物も手に入れた。チェリモヤという南国の果物だそうだが、これは生まれて初めて見た。事典で調べたら生で食べられるそうなので、もう少し熟れるのを待っている。楽しみだ!
We've also got something very new today. It's a tropical fruit called "cherimoya" but I've never seen this before. We're waiting it to be fully ripened because it says that you should eat it fresh in my food encyclopedia. Exciting!

bolo de fubá

ひさしぶりに、自分のファイルに追加したいと思うレシピに出会った。"bolo de fubá" というブラジルのお菓子だ。年末、学校ではそれぞれが自国の料理を持ち寄ってクリスマスパーティをしたのだけれど、そのときにブラジル出身のクラスメイトがこのケーキを作ってきてくれた。各国のすてきなお菓子がテーブルに並んでいた中で、意外にもこのシンプルな黄色いケーキがわたしの一番の好みだった。

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ブラジル人のクラスメイトが焼いたボーロ・デ・フバー。ちょっとした焦げ目がおいしさの秘訣

さっそく彼女にレシピをもらったので、焼いてみた。特別に用意する材料は、とうもろこし粉だ。スウェーデンでは、オリエンタルショップで見つけることができる。

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卵 3 個、砂糖 1カップ、牛乳 2カップ、小麦粉 1カップ、とうもろこし粉 2カップをミキサーに入れ、3~4分混ぜる(わたしは泡立て器で混ぜました)。ベーキングパウダー 1さじを足して、さらに 3分混ぜる。これを型に流し、200℃のオーブンで 35~40分焼いたらできあがり。

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24cmの卵豆腐型です

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夏に作ったブルーベリージャムの瓶を新しく開けてケーキに添え、熱いミルクティとともにいただく。最高です、スウェーデンの冬の夜。うそ!
次回はもう少し焦げ目がつくまで焼いてみよう。材料も作り方も単純で、こんな理想的なレシピはないと思う。バターやオイルを使わないのも気に入っている。さっそくファイリングします「ボーロ・デ・フバー」。

心がけより行動を

わたしが受けているスウェーデン語のコースは、SFI(Svenska för invandrare=移民のためのスウェーデン語)というシステムの一環なのだが、Akademikerintroduktion という特別なコースでもある。このコースは母国ですでに学位を取得していて、なるべく早く職に就きたい人を対象としたコースなのだ。だからコース内容にはスウェーデン語の他にコンピュータ演習、コミュニケーション演習、履歴書の書き方や仕事の探し方のアドバイス、企業見学、企業実習などが含まれている。基本的にコースは一年で修了することになっている。
さて、わたしが所属しているクラスは、残すところ二ヶ月半となった。そのあいだに最後の企業実習をする予定なのだが、肝心の実習先は自分の希望する業種において各々が見つけなければならない。もちろん、学校には企業とコンタクトをとるコーチという立場の人がいるので実習の申し込みを手伝ってはくれるが、実習先の候補を探したり、履歴書を書いたりするのは自分でやらなければならない。
わたしはまだ実習先が決まっていないので、先日コーチとの面談で「自分でも探してどんどんアプローチするように」とアドバイスを受けた。企業に直接電話して、「こんにちは! わたしは日本から来てスウェーデン語を学んでいる者ですが、仕事の実習をさせてもらえないでしょうか?」と問い合わせてみろというのだ。あるいは企業を直接訪問して窓口で頼んでみろ、と。採用の合否はともかく、コミュニケーションの練習にはなるだろうから、すぐにでも始めるべきだろう…。
けれど、まずは自分が本当に実習をしたい企業を探すのにひと苦労だ。就職と同じで、自分はどういう人間なのか、どうしてその会社で実習をしたいのか、などなどを明らかにする必要があるからだ。まったくもって、めんどくさい。これまで、履歴書や仕事探しの授業をしぶしぶ受けてきたけれど、ついに来るところまで来てしまったようだ。コーチに「はい、もう少しまじめにやります(真剣に取り組みます)」と言ったら、すかさず「あなたがまじめなのは分かっている。もっと活動的になりなさい」と言われてしまった。背水の陣である。

手縫いのショルダーバッグ

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二つ目のショルダーバッグができた。
じつは以前にも、同じ形のバッグをワンピースを縫った残りの生地で作ったことがあるのだが、今回はバッグのために生地を選んだので、まったく違う印象に仕上がった。
ミシンの思い出を書いたばかりでなんだけれど、このバッグはすべて手で縫ってある。手縫いのいいところは、スピードを手加減で調節することができるので、微妙な曲線を縫いやすいということだ。それから縫うのに時間がかかるので、ものを作っている実感をゆっくり味わえる。布でなにかを作るときは、本縫いの前に布への印つけ、布の裁断、アイロン掛け、仮縫いなど、細かい作業がたくさんある。時間をかけて下準備をしても、ミシンを使うと縫っている時間があっという間に終わってしまうので、小さい物を作るときは手縫いがしっくりくるなあと思っている。

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裏地は IKEA の黄色いコットン

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大きさはこのくらい

年末年始、のんびりと編物と裁縫に時間があてられたのでいいお休みでした。来週から極寒の通学生活の始まりだ。Prata svenska !! (=Speak Swedish!)

ミシンの思い出

初めてミシンを買ってもらったのは、たしか小学6年生のときだ。
わたしにはこどもの頃、母に服を縫ってもらったとか、手さげを作ってもらったという記憶がない。わたしの母は裁縫がキライだったのだ。だから家にミシンはなく、家庭科の自由課題を作るためにわたしがねだったに違いない。自由課題には、ネコが座るためのマットを作った。赤いキルト地にフェルトで黒猫のアップリケをして、まわりに白いレースを縫いつけた記憶がある。その頃うちにネコはいなかったのだけれど、その後、子猫を拾ってきたときにこのマットは大いに役立った。
買ってもらったシンガーミシンはそれなりの値段だったと思う。そんな高いものを小学生に買い与えるなんて、娘がよっぽどかわいかったのだろう。ミシンが届いた日、たしか母は、裁縫の得意な友人を連れてきてくれて、最初はその母の友人がミシンを使えるように調整してくれた。ひょっとすると、ミシンを選んでくれたのもその人だったのかもしれない。シンガーのミシンには横長の小さな冊子がついていて、そこに糸のかけ方やトラブルの解決方法が図入りで書いてあるので、しばらくすると小学生のわたしでもなんとか使いこなすことができたように思う。今でもそのミシンは実家に置いてあり、帰国したときに使っている。
今回スウェーデンで買ってもらったミシンも、シンガーのミシンだ。近くのスーパーで買ったシンプルなモデルなのだが、開けて使ってみたら、そのこどもの頃に買ってもらったミシンとそっくりだった。だから冊子を読まなくても、すぐに使い始めることができた(スウェーデン語なので簡単に読めないし)。さすがに値段は驚くほど下がっているけれど、三十年近く経っても、遠い北欧の地にいても、変わらないモデルで作業できることに少なからず感動を覚えている。

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ミシンを準備しながら、布を縫いながら、自分のこどもの頃の遠い記憶を追ってみた。母には裁縫を教えてもらわなかったと思っていたけど、好きなように裁縫をできる環境は整えてくれていたのかなと、ちょっとだけ感謝してみる。

砂漠人の母

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砂漠人のお母さんは、毎日刺繍をしている。
彼女は朝早く起きて身支度を整え、お祈りをした後に台所にお出ましだ。ひざが悪いので、杖をつきながらゆっくりゆっくり歩いてくる。朝食のあいだはみんなが食事をする様子を見守っていて、お茶碗を空けるとすかさず「もう一杯飲みなさい」と注いでくれる。お母さんは、誰のお茶碗が空になるのも決して見逃さないのだ。家族が朝食を済ませた後も、近所の人が出たり入ったりして、台所のお茶は絶えることなく2~3時間続くのだが、お母さんはその間じっと座ってみんなの世話をしている。

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そうしてついに台所が空になると、今度は別の部屋へ移動して座り、刺繍セットを広げるのだ。天気のいい日は外に出て、敷物の上に座ることもある。チクチクチクチク、細かい刺繍を根気よく刺している。

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砂漠人のお母さんは、13歳のときに長男を出産した。人生で最も辛かったのは、12歳で夫のもとに嫁に来たときだという。砂漠人のお父さんはその頃、多少は裕福だった父親を亡くし、母と兄二人とともに貧しい暮らしをしていたそうだ。
当時のイランは王政のもと、北部をロシアに、南部をイギリスに占領されていた。義父が持っていた財産は、放牧していた家畜でさえもすべてロシアに持っていかれたそうだ。夫(砂漠人の父)はカスピ海の漁師で、キャビアを持ったチョウザメを獲っていた。当時はチョウザメが獲れたりメロンが採れたり、とても質の高い食べ物が手に入ったにもかかわらず、交通網が発達していないため、またお金が流通していなかったので、収入はほとんどなかったのだそうだ。食べる物の質は高かったけれど住んでいる家は貧相なもので、それでも夫と二人三脚で12人の子を産み、育てた。お母さんは牛の世話をしてその乳を子供たちに飲ませ、刺繍をしては小銭を稼いだそうだ。

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去年生まれた孫たち。孫は全部で三十人以上いる

人生で一番しあわせだったときはいつかと尋ねたら、それは今だと言っていた。家には電気、ガス、水道がきていて快適に過ごせるし、お金があって自由に買物ができる。刺繍も、これまでにないほどの高い金額で買い手がつくのだそうだ。
ホメイニ(革命)後のイランでは、砂漠人の故郷のように、それまで富を独占されていた田舎に住んでいる人々の生活が大きく変わったのだと言う。王政時代に厳しい生活を強いられた歴史があるので、今がどれだけよくなったかを知っているのだそうだ。
毎日、近所の女性たちが彼女のもとに刺繍を習いにくる。刺繍教室はもちろん無料だ。砂漠人のお母さんも上手な人にただで教えてもらったので、同じくするのだと言っていた。銘々が自分の作品を手に持って作業しながら、たわいもない会話をしたりして、穏やかな時間が流れていた。

トルクメン刺繍

このところ、毎日裁縫をしているので中指の先が痛くなってしまった。手で縫い物をするときは「指ぬき」を中指にはめて、それで針を押し出すようなのだが、指ぬきがないので素手で針を押し出していたからだ。この感覚は、初めてギターの練習をした後の指の痛みに似ている。
縫い物をしながらラジオを聞いていることもあるけれど、なにも聞かずにじっと手を動かしていることも多い。そうすると色々な思いが頭の中を駆け巡る。最近は手仕事について思い、自分の母や祖母、また砂漠人のお母さんのことを考えていた。

イランに住む砂漠人のお母さんは毎日、刺繍をしている。伝統的なトルクメン刺繍をする彼女への注文は後を絶たないそうで、78歳の今でも暇さえあれば、日の光のもとで針を刺している。そして驚くべきことに、裸眼で作業をしている。

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刺繍をしているのは、もっぱら女性の下着の裾の部分だ。トルクメンの女性たちはくるぶしの下までの長さのワンピースを着ているので、その中に穿いている下着が見えることはほとんどない。それでも座って胡座をかくときなどに、足元の刺繍の柄がチラと見えたりする。

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この見事な作品は、砂漠人のお母さんが12歳のときに仕上げたものだそうだ。お母さんが刺繍を覚えたのは10歳のとき。当時はユルタに住んでいて、近くに住む親戚の女性に習ったそうだ。それから70年近く、12人の子供を育てながらも休むことなく針を刺し続けてきたのだと思う。
彼女にとっての刺繍は、収入を得るための手段のひとつだったようだ。けれど同時に、日々の楽しみのひとつであったに違いない。こんな創作を楽しまずにできるわけがないもの!

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色鮮やかな幾何学模様が、いかにも民衆芸術だ

創造性とは、生活の中に根づいているはずのものだとあらためて思う。

ショルダーバッグ

先月、ようやくミシンを買ってもらったので、学校が休みに入ってからずっと裁縫をしている。本当はすぐにでも始めたかったけれど、宿題や試験があったのでじっと我慢して、毎日箱に入ったままのミシンを枕元に置いて寝ていたほどだ。
そしていよいよ一つ目のショルダーバッグが完成した。表の生地は日本のもので、去年の夏、友人が遊びに来たときに頼んで持ってきてもらったものだ。麻100%、またデザインがシャレているせいで、驚くべき値段(高い!)の生地だった。とはいえ、手作りすれば、marimekkoのバッグを買うよりはよっぽど安くあがる。

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工夫したのは、裏地と表の縫い糸に赤を使ったこと。表地には少しだけ金のプリントがされているけれど、黄土色に混じって目立たないので、赤を加えるとそれが映えてくる。また、表に出る部分の縫い目はわざと不揃いに手で縫って、味を出したこと。

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本当はもう少し太い刺繍糸で縫うとすてきだと思うけれど、芸術的に仕上げようと思えばキリがない。あるものをうまく使って作ることに喜びを見出すようにしよう。ちなみに赤い裏地は、古くなった枕カバーを再利用しました。

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けっこういいんじゃな~い?

お気に召されたら、拍手で教えてくださいな↓

生活習慣

年末、地域新聞に「2010年、生活習慣を改善しよう」という記事が載っていた。その小見出しには「家族と旅行しよう」「タバコをやめよう」「アルコールを減らそう」「ヘルシーに食べよう」「運動を始めよう」とある。これを読んで、思わずにんまりしてしまった。アルコールはもともと少ないので別として、現代人の改善すべき生活習慣のすべての項目について、わたし自身はこの三年ですっかり達成しているからだ。
数年前のわたしは体力が極端になくなり、感染症にかかりやすく、イライラしやすく、しばしば眉間に二本のシワが寄っていた。食事をまともに取っていないにもかかわらず、タバコは毎日一箱以上吸い、先のことばかり考えてリラックスすることがなかった。なぜそうなってしまったのか、どうしたらその状態から抜け出せるのかをいつも考えていたけれど、答えはまったく分からない。ただぼんやりと、体を鍛えれば世界観が変わるかもしれないと思っていた。
そんな中、砂漠人にその原因は「環境」にあると言われ、ハッとしたのを覚えている。砂漠人は、東京の中心という人口過密で空気の汚れた場所に暮らしていることに、わたしの生活がうまくいっていない最大の原因があると最初から指摘していた。それまでわたしは自分の精神的弱さだとか、自分自身に原因があると思い込んでいたので、環境という大きな視点は欠けていたのだ。疲れてしまった人が健康を取り戻すための砂漠人の原則は、よい空気+よい食事+休養だ。よく聞くような内容だが、「よい空気」は忘れられがちではないだろうか。
さて、それに気づいたわたしはまず何をしたかというと、東京の地図を見渡して、武蔵野にある職場に近い緑色の敷地のうち一番広いところを探した。それは小金井公園だった。小金井公園は、その敷地が約80万平方メートルもある公園で、小金井カントリークラブと隣り合っているので、さらに大きな緑の地帯になっている。そしてそこに引越をした。
それから毎日、夕食を自分で作るようにした。仕事は定時で終わりにして帰宅し、夕食の準備をしてから外に出て一時間以上歩く。汗をかいて家に戻り、シャワーを浴びたら、夕食を温めてモリモリ食べる。運動してお腹を空かせておけば、「一人で夕食なんて、さみしい…」などというセンチメンタリズムに陥っている暇はないのだ。おかわり、おかわりであっという間に食事が終わってしまう。まるで部活をしている中学生のように。
よく働き、よく食べたら、あとはよく眠るだけ。もちろん、眠るときは心地よい風が部屋に通るように、少しだけ窓を開けて寝る。都会ではこれができない。小さい部屋を閉め切って、下手するとエアコンをつけて眠ったりしている。それから小金井公園に引越して初めての朝、とても驚いたことがある。朝、鳥のさえずりで目が覚めて、窓を開けたら緑色の樹々が目に飛び込んできたのだ。それまで窓を開けると聞こえていた車や電車の音とは対照的に、心と体をリラックスさせるような自然の音、におい、色が感じられたのだった。そんなのはごく当たり前のことかもしれないが、それまではその普通のことが当たり前でなくなるような環境で暮らしていた。東京には自然が残っているとは言ってみても、所詮はそれが都会という環境だ。皇居に住んでいる人はいいかもしれないが、ほとんどの区民はひしめいた兎小屋に住んでいる。

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"CHANGE YOUR LIFE STYLE 2010"

悪しき生活習慣を変えるのは「意志の力」によると考えている人は多い。けれど意志の力には限界があり、それは根性でひねり出すものではなくて、環境を整えることで自然に湧いてくるはずのものだとわたしは思う。環境を包括的に考慮してどれだけ上手に計画できるかが、ダイエットや運動を継続させるための秘訣であり、生きるためのとっておきの手段だ。
しつこいけれど、意志の力よりまずは実用的な「計画」です。

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