2011-01

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誕生日

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今年も無事に誕生日を迎えることができました。例によって砂漠人が用意してくれた盛大な食卓、今回はスパイスされた肉のグリルとフライドポテトです。普段、フライドポテトを食べる機会はほとんどないので無性に食べたかったのですが、これは日頃から食べていたら飽きてしまう料理かもしれません。

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さすがにデザートが入る余地はありませんでした。これはお店で買ったセムラです。大体がこのくらい大きいサイズで売られています。左は自分で焼いたボーロ・デ・フバー。だいぶ焼き方のコツが掴めたところで、友人からもらった貴重なフバー(かなり細かく粉砕されたとうもろこし粉)がなくなってしまいました。残念。
誕生日の食事、見ただけで満腹になった人がいるかもしれませんね。

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やじろべえ

毎日、台所の窓にぶらさげた鳥の餌ボールに、キセキレイがやってきます。餌に飛び乗ったときに「トン、トン…」と窓を小さくノックするので、朝、別の部屋に寝ていても「あ、来てるな」と気がつきます。それから朝食や夕食時、わたしたちが食卓についてしばらくすると、ひょいと現われたりします。まるで食事に同席してくれているようなので楽しいのですが、じっと見つめるとすぐに逃げてしまうのです。わたしは正面を向いたまま、かなりの横目でそっと見るのですが、気づかれてしまうことが多く、砂漠人は「kumoki の視線は強すぎるんだ」といいます。人によって、敏感な鳥には強過ぎる眼力があるのだと。ほんとかね

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いつみてもユニークなかたち

ときどき、餌ボールに二羽が同時に乗ったりしますが、二羽目が来ると一羽目はすぐに飛び立ってしまうので、小さなボールは一度に一羽しか食べることができません。そこで砂漠人はこんなのを用意しました。これで二羽一緒に楽しめる?

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小さくなったボールも決して無駄にしない砂漠人

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新しい餌やじろべえをつり下げてもう三日目。キセキレイは来なくなってしまいました!

ディズィ

夕食にはよくスープを食べますが、「今日もスープかあ…(ライス食べたいな)」と思うこともしばしば。そんなとき、今日のスープがディズィだと分かるとうれしくなります(はい。砂漠人が作っていますが、なにか?)。ディズィは羊肉とひよこ豆とじゃがいもと野菜を煮込んだ料理で、スープと具を別々に食べるものです。

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味つけにはターメリック、こしょう、ドライレモンが使われていて、酸味と辛みがあります。カイエンペッパーを少しだけ入れると辛みが増して、なんともいえない味に。

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具の方は、ラヴァシュという薄手のパンでつぶした具とピクルスを巻いて、口に放り込みます。生のたまねぎを一緒にかじるのですが、慣れないうちはこれが苦手でした。慣れていないと口に入れるたまねぎの量が調節できないので、辛すぎたりしたからです。ところが今ではわたしも、たまねぎなしにディズィは食べられないね! と思っています。

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砂漠人はヨーグルトも欠かしません

早く食べないと、砂漠人に食べられてしまうので今日はこれで。

ジャジキ秘話

ジャジキというと思い出す話があるのですが、それは8年ほど前、ギリシャに約1ヶ月旅行したときのことです。夏のギリシャに三十路の女性が一人旅という、思えば過酷な旅だったのですが、旅の途中でインド系アメリカ人の女性と知り合い、なかよくなって一緒に旅行することになりました。
ある田舎町で一緒に入ったレストランでのことです。彼女はギリシャ料理のヨーグルトソースのことを知っていたようで、それを注文しようと言いました。問題ないのでわたしはOKしましたが、ウェイターは友人のリクエストしている料理をいまいち把握できていないようでした。それでも「野菜の混ざったソースである」ということでお互い納得したらしく、それを注文しました。出てきたソースはヨーグルトではなく、マヨネーズで野菜を和えたようなものだったのですが、当時ジャジキの存在を知らないわたしには問題なく、おいしく食べたように思います。
問題は、食事が終わってから起こりました。会計を友人に任せてトイレに立ったわたしが戻ってくると、友人と会計係のおばさんが口論を始めていたのです。なにやらお釣りを返しただの返していないだの、で争っていました。友人は数学の先生だったし、狡猾さを身につけたインド系アメリカ人だったので、彼女が数字を間違える可能性は低いと思いました。実際、レジのおばさんが間違えていたように記憶しています。友人はカンカンに怒って店の悪口を並べ始めたのですが、その中に「ヨーグルトソースを出さなかった」というのがありました。彼女によると、会計のときになってウェイターがソースのことを「マヨネーズで和えた」と表現したそうなのですが、マヨネーズをいう単語を知っていながら注文のときにはそれを使って説明しなかった… というのです。また数あるレストランの中からわたしたちが選んで入った店なのだから、彼らはサービスを提供する必要がある… というようなことも言っていました。そうはいっても、ギリシャのこんな田舎町のちっぽけなレストランでその理屈は… などと単純な日本人であるわたしは思っていました。
そして店を出るとき、友人はもちろん怒りを露に出て行ったのですが、わたしは「サンキュー」と言って出ました。なぜお礼なんか言うんだと友人が聞くので「だっていずれにしても彼らの食事を食べたじゃない?」と返したら、友人は "Stop that Japanese attitude!" とかなんとか言ったのです。実際のフレーズは忘れてしまったのですが、「その日本人的態度はいい加減にして!」というような内容でした。
そのことをその後何年も考えていました。残りのギリシャ旅行の間、たしかに彼女の言っていることは当たっていると思い直しました。店の用意してくれた食事をいただいたし、おいしかったので、ありがたい。ありがとう。というだけでは、あまりに間抜けです。なぜかというと、ギリシャのその町のレストランが、旅人においしい食事を提供しようというよりは、金持ちの旅行者からいかに多くのお金をだまし取ろう? と考えているのだとしたら、不当にお金を取られた上、お礼を言っていることになるからです。実際、日本人に限らずそういうことをしている旅行者は大勢いるのでしょう。つまりは、お人好しということです。
だから状況に応じて行動したり、状況を把握する知識・能力を持ち合わせてこそ、倫理的にも正しい行動がとれるのだと思いました。日本で育つと特に「無垢であること」や「無邪気であること」をよしとするような風潮があるように思いますが、それは往々にして「無知であること」につながっているんじゃないだろうか。そんなふうに考えました。
ただ、それだけではなく、旅全体を通じての友人の言動を何度も復習すると、彼女のずる賢さも色々見えてきました。宿に泊まるときはまず、自分が貧乏なインド人学生のようなふりをして(彼女のルックスはインド人)宿泊料を安くしてもらう。そしてパスポートを預ける段階で USA の紺色のパスポートを出す。宿主たちはみな騙された! という顔をしていました。ギリシャに旅行にくるアメリカ人ならば、お金は十分に持っているでしょう。その行為が狡猾かどうかは賛否両論あると思いますが、問題はそういうようなずる賢さをわたしや旅行中に出会った他の友人にも使っていたように思います。おそらく彼女にとっては自然に(無意識に)。
人のお金や厚意を利用して自分がいい思いをしようというような人間は世界中どこにでもいますが、それを見抜ける自分でありたいものです。おしまい。

ジャジキ

食事のときによくつけ合わせるヨーグルトのソースは、トルコの料理だとわたしは漠然と思っていたのですが、砂漠人が言うにはもともとユーゴスラビア(旧)あたりで食べられていたものじゃないかとのことです。その地域はトルクメンの祖先であるオスマントルコが幅を利かせた地域です。
作り方は簡単で、細かく刻んだきゅうり、すりおろしたにんにく、こしょう、クミンなどをヨーグルトと混ぜるだけ。生のミントがあれば、刻んだそれもよく合います。

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ジャジキはにんにくから出る旨味が意外なおいしさなのです。ケバブなどスパイスの強い食事にかけると全体の味をマイルドにする効果があります。スパイスが強いとは言っても、赤唐辛子のような激辛のスパイスは、トルクメンあるいはイラン料理にはほとんど使われません。多くの料理は新鮮な材料をグリルしたり、煮込んだりしてシンプルに作られる料理で、塩気も多くないのでとても健康的ですが、実際にトルクメンの家庭で食べられていた料理はわりと塩気と脂っ気が強かったように思いました。砂漠人によれば、塩と油をたくさん使って料理するのは伝統ではなく、間違った知識によるものなのだそうですが、それはトルクメンに限らずどこでも同じかもしれません。

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みんなの大好物、ケバブ。

ジャジュク、ジャジキ、ケーシールガトゥクなど色々な呼び方があるようですが、ギリシャではジャジキと呼ばれているようです。

フェルトケース

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保温マグのケース、二つ目。緑色の毛糸は古いミトンをほどいて編み直したものですが、ウール100%かどうか分からなかったので、底の白い部分だけフェルト化すればいいやと思っていました。結果、緑色の部分も少しだけフェルト化したようなので、やはりアクリルが混ざっている毛糸だったのでしょう。なにせ拾ったミトンだったものですから、、、

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今回はサイズもぴったり

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ウール100%の白い部分に比べると、緑の部分はコシがなく柔らかいのです。あらためてフェルトの厚さ(強さ)を実感しました。フェルトでスリッパやくつ下ができるといいのですが、そのためには編物の腕を上げる必要がありそうです。

オートミール

ときどき朝食にオートミールを食べますが、最初のうちこれにはかなり異国情緒を感じました。オートミールはオーツという麦をお粥にして食べるものですが、お米でつくるおいしいお粥の味を知っている舌にはどうも馴染まなかったのです。おそらくオートミールは欧米の食文化だと思いますが、砂漠人はフィンランド時代に食べて覚えたのだとか。

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必要な材料はオーツ麦と牛乳だけです。できあがったオートミールに砂糖や蜂蜜、ジャムを混ぜて食べるのが一般的だそうですが、今朝は煮えたお粥にイラン産の黒砂糖を入れました。これは砂糖大根から手作業で作ったと思われる天然のお砂糖で、砂漠人のお母さんが市場で買ってくれたものなのです(つまり、精製された白砂糖とは違ってミネラルが含まれています)。

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作り方。まずは熱した鍋にオーツ麦を入れ、カラカラになるまで火を通します。

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麦を十分熱したところで牛乳を注ぎ入れます。このとき「ジュッ」と音がするくらい、オーツ麦はよく熱しておきます。

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しばらく煮た後、麦がやわらかくなったら火を止めて鍋に蓋をし、蒸らします。

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できあがり

わたしはジャムより餡子を混ぜて食べるのがおいしいと思います。

カルトナージュ

今度は蓋つきの貼箱です。キャラメルを詰めて手芸好きの友人にあげようと思っていたのですが、フタ部分のデザインがどうもまずいので、却下。何が気に入らないかって、黒い縁の太さです。完璧主義病の再来か?

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砂漠人用のペン立て(左)も作りました

セムラ・その2

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パンはちょっと焦げましたが、セムラはそれらしくなりました。デコレーションの仕方は、まずパンの上の部分を少し切り取ります。次にパンの中身をくり抜いて、牛乳で溶いたマジパンとパンくずを混ぜます。それをパンの穴に詰めて、その上に泡立てた生クリームを盛り、切り取ったフタを乗せる。最後に粉砂糖をふりかければできあがり。簡単です。

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マジパン

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牛乳で溶くとこんな感じ

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砂漠人撮影

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砂漠人の視点をとり入れて、kumoki撮影

セムラ・その1

スウェーデンのお菓子セムラを作ることにしました。それは 2月の Fettisdagen という日に食べる伝統的なお菓子ですが、マジパンを買ってきた砂漠人が作ってくれというので挑戦したのです。わたしはパンを焼いた経験がほとんどないので、いい機会だと思いました。
まずはイースト、砂糖、塩、たまご、小麦粉を混ぜて発酵させます。

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30分後、見事に膨らんでいました

それを切り分けて小さなボールを作り、さらに発酵させます。

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お湯を絞った布をかけ、その上に保温のための布で覆う

二度目の発酵が終わったら、表面にたまごを縫ってオーブンへ。

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焼けました!

おいしそうなパンが焼けましたが、こんなきつね色のセムラは見たことがありません。ちょっと失敗したみたいです。オーブンの温度が高すぎたのでしょう。それでも初めてイーストを入れて粉をこねて丸めたので、焼き上がった瞬間は興奮しました。明日はデコレーションをして、いよいよ試食です。

貼箱

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日本人ならピンとくるこの手の箱、よく見知っているのですが、名称は何でしょう? インターネットで「貼箱」という単語を見つけましたが、そんな名称は実際に聞いたことがありません。
これは厚紙で箱を組み立てて、その表面に和紙や千代紙などを貼って仕上げたものです。長いあいだ、紅茶の空き箱を鉛筆立てにしていたので、少しお化粧をしました。なかなかいいんじゃないかと思います。ちなみに千代紙は何年か前に日本で買ったもので、全体に貼ってある黒い和紙風の紙も100円ショップで手に入れたものです。

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箱の底面は、お飾りなし。

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不揃いの鉛筆たちも、これに入れるとなにかいいもののように見えてきました。
箱に布を貼って飾るカルトナージュというフランスの工作がありますが、これはまさに日本風のそれです。フランス語の cartonnage はスウェーデン語では kartong、英語では cardboard、つまり厚紙のことです。ちなみに英語で cartonnage は、エジプトのミイラを包んだ棺のことだとか。うわ。

雪遊び

昨日は気温が上がって道路の雪がきれいに溶けたと思っていたら、今朝また新たな雪が積もっていました。朝食を済ませた後、さっそく森へ。

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森は新雪にすっぽり覆われていました。そのさらさらの雪の下には凍った地面が待ち構えているので、気をつけないと足を滑らせて転倒してしまいます。それでも雪が降るとよろこんで散歩にくる人がいるようで、わたしたちより先に足跡をつけた人がたくさんいました。雪が深く積もると、森の中は普段よりもシーンとして、ときどき鳥のさえずりがこもって聞こえます。まるでほかのすべての生命活動は雪の下に潜んでしまったかのようなのです。
帰り道にかろうじて、野生動物の足跡を見つけたのですが、砂漠人によるとこれはトナカイとウサギのものだそうです。たしかにこの辺りでは、稀にトナカイも出没します。

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今日はちょっとした丘の上からスライドして遊びました。ソリがあるとよかったのですが、体重も多く体の固い大人にはかえって危ないかもしれません。

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ひさしぶりにフォトショもしましたよ。ひま楽しそうでしょ?

ゴミ袋ブクロ

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このところ、これを作るのに四苦八苦していました。ビニール袋を貯めるための筒型の袋です。スウェーデンでは市場でもスーパーでも、ほとんどの野菜や果物はキロ単位で売っていて、それを透明のビニール袋に欲しいだけ入れ、レジで精算するようになっています。うちではこれをゴミ袋にしているのですが、今までは買ってきた商品を出した後、台所に吊るしてある大きめのレジ袋にぽんと放り込んでいました。するとそのレジ袋はどんどん膨らんで、また長いあいだ吊るしてあるので小さなゴミなども入り込んで、それ自体がゴミ袋のようになっていたのです。実際、遊びに来た友人が「ゴミはここ?」と言ってゴミを放り込んだこともしばしば。わはは

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新しい袋は、自分の古着を利用してこのようになりました。難しかったのはパッチワークではなく、表地に合わせて裏地のサイズを決めることでした。ビニール袋は上から入れて、下から取り出すようになっています。
ちなみにうちにはゴミ箱が一切ありません。唯一のゴミ袋が奥にぶら下がっているビニール袋なのです。一般的にスウェーデンの台所では、流しの下の開きの中にゴミ箱が入っていてそこにゴミを捨てるのですが、砂漠人はそれを使わず、ゴミ袋は開きの把っ手にぶら下げていたので、わたしもそれに習っているうちに慣れてしまいました。家の中にゴミ箱が一個しかないというのは意外といいものです。

まるい巾着袋

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サイズは直径15cmくらい、黄色い布がそのまま裏地に続いています

口を締めるとまんまるになるこの巾着袋づくりにはまっています。何個も作っているうちにようやく、柔らかい布で作ることと、紐はすべりのよいリボンなどを用いることがポイントだと分かってきました。本をよく読み返したら、素材はそういうものを使うように書いてあったのですが、自己流でやっているのでこんな失敗はよくあるのです。
中身はなにを入れてもいいのですが、これもまた砂漠人の仕事用「りんご入れ」です。仕事に持っていくりんごはビニール袋に入れていましたが、ふと思いついてこれに変えてみました。

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仕事かばんからプラスティック素材のものがなくなり、砂漠人もうれしそうです。フェルトケースや巾着袋でかばんの中身がグンと少女趣味になってしまったんですけどね。

フェルトケース

二つ目のフェルトケースは、電子機器カバーを作りました。

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原型は、上の写真のとおり四角い筒型のケースなのですが、石鹸水でしごいているときにうまく角が作れず、底の部分がなくなり、まるくなってしまいました。むしろこの方が愛嬌のある形なので、いいか? とわたしにしてはめずらしく適当です。しごきが足りずに編み目が残っているところも多々ありますが、それもまあ適当にしました。均一にフェルト化していなくても、穴のない布の状態になっているのでカバーの役割は果たすと思います。なにを入れるかというと、砂漠人の仕事道具のひとつ、クレジットカードリーダです。

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これでバッグの中で他のものと当たっても安心でしょう。

2011

日本より8時間遅れて、スウェーデンも2011年になりました。新年おめでとうございます。
このブログをつけ始めた頃は、砂漠人が用意してくれる食事の内容メモのつもりで記事をアップしていました。当時、東京であまり健康的ではない生活をしていたわたしにとって、砂漠人の暮らしぶり、特に食生活が驚くべきものだったからです。毎日の食事とその準備にかける手間にも感心しましたが、食材に対する深い知識にも感銘を受けました。四年半前のことです。
それからだんだん、砂漠人の食事以外の暮らし方についても理解できるようになっていきました。それはたとえば空気に対する敏感さや、体の動かし方や休ませ方など、「人間と自然環境」というテーマでくくられるような内容ですが、色々な文化圏で過ごした砂漠人の経験に基づいた理論と実践は、わたしにとってはすんなり納得できるものでした。それまで誰からも聞いたことのない、けれど基本的な自然界の成り立ちを、効率よく教わったような数年間でした。
トルクメン・サハラ(イラン側)に移る日はまだまだ遠そうですが、今年もまた気分を新たに生活しようと思います。「食べものブログ」から「手芸ブログ」に変わりそうな『砂漠人』ですが、どちらも本来意図した内容ではありません。が、しばらくはこの調子で続けたいと思います。今年もよろしくお願いします。
最後になりましたが、いつも読んでくださるみなさまへお年玉です。ここをクリックすると、口ひげのない砂漠人(髪の毛あり)の顔が見られます。どうぞ。

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